57話 操られていたらしい
2023-09-16 最新版設定に合わせて固有名詞や文面などを修正
ベッドに腰掛け訥々と隼人との会話を和花に話していく。
「御子柴の言い分は正しいと思うよ————」
和花に説明したあと返ってきた言葉がそれだった。
「和花までそんな————」
伸ばされた和花の指が僕の唇をふさぐ。
「————話は最後まで聞く事。施した恩が巡り巡って自分に帰ってくるって信じるのはいいの。でもそれは同じ世界にいるからだと思うのよ。私たちが先生やマリアちゃんに恩を受けそれを返す事は出来るかもだけど、身請けした子たちは元の世界に帰って二度とこの世界には来ないわ。今回降って湧いたように私たちが手にしたお金は庶民なら稼ぐのに20年はかかるというわ。庶民の御子柴からすれば大金をドブに捨てているようなものよ」
「あ————」
そうだ、なんで失念していた。やはり良いことをする自分という状況に酔っていたのか…………。
「そうだ、樹くん。今日は22人身請けしていくら使ったの?」
「6万ガルドだったよ」
「結構安い。私と皇は初等部の子10人ずつで5万だったなー」
一人頭金貨五枚かー。
それでも本来の価格からは遙かに安いわけだけど。売れなった理由は意思疎通が難しいだけなんだろうか?
「今日は仕方ないけどあと5万ガルドだけ使おう。それでも非常時のお金は残るしね」
そう和花が提案してきた。確かに残りの金額を考えるとそのあたりが限界だろう。それで救えない人たちには申し訳ないけども…………。
「そうだ、聞いてよ。皇ったら獣耳族の少女をペット枠で買いたいとか言い出したのよ」
僕の思案は和花のこの一言で断ち切られた。
「ペット枠って…………。どんな子? 僕も獣耳族は見たけど真っ先に除外しちゃったから…………」
観察する間もなく除外しちゃったんだけど、やっぱ酔ってて周りが見えてなかったんだなー。
「————ん。犬耳&犬しっぽの10歳くらいの可愛い女の子だったよ」
人差し指を顎に当て少し考えこむような仕草の後にそう口にした。
それはアリかもしれないな。
あれ? もしかして一緒に行動してたの?
そんな僕の思いが顔に出たのか、和花がグッと顔を近づけてくる。
「なに? 皇と一緒に行動してたのとか思っちゃった? たまたま同じ店で遭遇しただけだよ。そもそもあの男は『Dカップ以下は女にあらず』とか真顔で言う巨乳教信者だよ?」
ニヤニヤした表情で囁いてくる。何気に鬱陶しい。
「痛っ」
和花の額にデコピンを喰らわす。
「なんにしてもありがとう。冷静になれたと思うし、もう大丈夫」
そう言って立ち上がると————。
「ただいま」
玄関が開きそこには瑞穂と師匠がいた。
「樹、話がある」
僕が口を開くより先に師匠が話を切り出してきた。やっぱ昨夜の件だろうか?
例のお守りの件もあるし丁度いい。
「僕も話があります」
▲△▲△▲△▲△▲△▲
板状型集合住宅を出て人気のない迷宮区画の富裕層向け区画を歩く師匠に無言でついていく。
「————ここらでいいか」
そう言って立ち止まったところは噴水のある広場だった。流石富裕層向けというべきかライトアップまでされている。
日本帝国ならリア獣たちがここでボルテージを上げて深夜の野獣と化すのだろうが、いまは誰もいない。
「受け取れ」
師匠はそう言うと魔法の鞄である腰袋に手を突っ込み何かを僕に投げ寄越した。
慌ててそれを受け取ると————。
「打刀?」
それは白鞘の打刀だった。冒険者向けの装備ではないと一蹴した師匠がどうしてこれを僕に…………。
「抜いて見ろ」
そう言われ鯉口を切る。
「…………」
その刃は美しかった。自分の語彙力のなさを悲観したくなるくらいに美しい刃紋と光の反射の融和が感じ取れる。以前拝んだ国宝に勝るとも劣らないだろう。
「バルドの作だ。駅舎街でよい金属が手に入ったから試し打ちしたそうだ。売り物ではないので刀装はしていない。何かの役に立つときもあるだろう。だが迷宮区画の浅いところで使うには高級品だ」
高級品どころじゃない。これ最低でも[大業物]以上だ。
「さて、本題に入ろう」
僕が白鞘の打刀を自分の魔法の鞄にしまったのを確認して師匠がそう切り出した。
ついに説教かーとか思って身構えていると————。
「昨日貰ったものを出すんだ」
昨日貰ったもの? もしかしてあの半透明の青年が置いていった御守りの事だろうか?
まーどのみちコレの事を聞きたかったので丁度いいや。
ポケットに入れてあったソレを取り出し師匠に渡す。それを受け取った師匠はしばらく様々な角度から眺めると突然それを空中へと放る。
「えっ」
無数の光閃が走り御守りを切り刻んでいく。そしてボロリと落ちたその御守りだったものから黒い粒子のようなものが立ち上り消えていった。
「師匠…………。あれはなんです?」
黒イコール悪いってイメージが染みついてるせいか不安に駆られてしまう。
「どういう経緯で目を付けられたか分からないが[黒の賢者]に目を付けられたな」
なんか厨二っぽい名前が出たぞ。
「なんですか、その[黒の賢者]って?」
「南方地域の端にあるアサディアス王国という国がある。そこの神の英知を授けられたと謳う宮廷魔術師だよ。不死だとも言われている。そうだな————」
一度師匠は言葉を切り少し考えこむ。
「樹に分かりやすい表現を用いるなら王を裏で操る悪辣な宰相って感じだな」
師匠が真顔でそんなことを言う。
「これからこの大陸は荒れ始める。いろいろな連中が悪さを始める。樹も覚悟を決めるか脱出する準備をしておいた方がいい」
脱出と言ってもなーとか考えていたのだが、肝心なことを聞き忘れていたので質問してみた。
「この御守りと称する魔法の工芸品には身につけた者の内なる欲求を肥大化させ徐々に誘導し洗脳する効果がある。樹は[黒の賢者]の実験に選ばれたんだよ」
そんな恐ろしい回答が返ってきた。これからは人からモノを貰うときは気を付けよう。
兎に角身辺に気を付けるようにと注意を受けた。
最後に御守りと称して護符と称した何やら文字やら記号が描かれた紙を預けられた。片手半剣の鞘か硬革鎧の裏にでも貼っておくようにと言われた。効果のほどは教えてもらえなかった。あくまでも御守りなんだそうだ。
「明日も頑張れよ」
師匠はそう言うと去っていった。
とりあえず明日は和花と健司と一緒に行動しよう。
だが、黒の賢者とやらはどういった経緯で僕という存在に目をつけたのだろう?
そこが謎だ。
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