532話 雪原の戦い
調査した場所以外は雪が降り積もり高さ1.5サートにもなる雪壁となって僕らを阻んでいた。
「想定していたけどこれは面倒だね…………」
そうボヤきつつ石の従者が休みなく雪かきして進んでいくのを眺めている。
疲れ知らずで怪力の石の従者とはいえ押し固められた雪壁を掘り進むのは結構時間がかかる。
それでも一刻ほどで開通し高さ0.38サートほどの通路を確保した。
屈みつつ進んでいくと塔の基部が見えてきた。周囲は雪壁に囲まれており間違いなく階層主が出てくるであろう事は分かった。床面はまるで踏み固められたかのようである。
幾人かが開けた空間に出たものの未だに階層主が姿を現さない事に危惧していると程なくして理由が分かった。
全員が入ったのを狙ったかの如く雪壁の穴が崩落したのである。
「全員纏めて処理するつもりかな?」
「だろうね」
僕の呟きにフリューゲル師がそう返す。そして徐々に姿を現す階層主とその取り巻きたち。
体長が2.5サートほどの白く美しい毛並みの大魔雪狼と20頭の雪大狼であった。
「各位、雪壁を背に防御陣形!」
僕は真っ先に指示を飛ばす。マニュアルは作ったけど全メンバーでの訓練はしていなかったものの流石は優秀な人材だけに自分の役割と位置取りを判断しそれぞれが所定の位置に動く。
前衛は完全武装の半豚鬼と竜人族のガァナィンが担当する。今回は盾役としてである。
流石に体長0.5サートにもなる雪大狼に飛び掛かられるとそれを止めるためにはそれなりの体格が必要になる。
その作戦は正解であり壁盾で飛び掛かってきた雪大狼を受け止め動きを止めたところを後ろに控えていた竿状武器持ちが突き刺すという作戦は功を奏した。
ただしこちらも攻勢に転じにくくうっかり防護陣から出てしまうと間違いなく狩られるのでとにかく頭数を減らさないとならない。
しかし攻撃手段がいまいち弱い。野生動物とも違い迷宮産生物は基本的に死を恐れないせいか少々の傷程度では怯んでもくれない。
ゲームなら炎系の魔法でって事になるのだけど、呪的資源の事も考えると安易にみんなに【火炎付与】を掛けるわけにもいかない。そして攻撃手段の一つでもある精霊魔法はこの極寒の地では肝心の力の源泉となる炎の精霊力
》》が希薄で魔法が使えない。
彷徨う樹木戦で揮発性可燃油は使い切ったというのもある。
健司に炎の精霊王を呼ばせるかと頭に過ぎるがあれは健司への負担も大きいだけに時期尚早である。
そうなると魔術師の出番だけど現在の面子だと火力が高いのは和花か僕である。他の魔術師は専攻が拡大魔術の者が多く最大火力でも【電撃】くらいだろうか。そしてここまでの道中で石の従者を作り出してきたこともあり呪的資源が心許ない。
毛皮を諦めるか?
結構高価なんだけどなぁ。
仕方ない。
「氷の精霊力が高まってる。来るぞ!」
そこへ闇森霊族のアドリアンから鋭い警告が発せられる。
どうやら僕の判断がもたついている間に階層主である大魔雪狼が魔法を発動させるようだ。
「匠の神よ。我らを寒冷より守る大いなる盾を! 【冷気から防護】」
そこへ職人や手先の技を必要とする者たちの守護神である匠の神の神官戦士である地霊族のヴォルケンの奇跡が周囲に効果を及ぼし急激に寒さが引いていく。
僅かに遅れて僕らの周囲を超低温の嵐が吹き荒れる。しかし【冷気から防護】の効果により【冷気の嵐】の効果は減衰する。
とはいっても身体が凍りそうになるほど寒い事には変わりない。戦闘の邪魔になるため防寒着を着ていない者にはかなりつらい。
実際に抵抗に失敗した半豚鬼の一人が凍結し倒れる。それによって前線に穴が開きそこから雪大狼が飛び込んでくる。
その進路を塞ぐように素早く飛び込んできたのはフリューゲル師であった。飛び掛かってきた雪大狼と組み付くとそのまま頭から踏み固められた雪面に体重を乗せて叩き落す。
あのひと絶対魔術師とか詐欺だと思う…………。
ついで飛び掛かってきた雪大狼に太矢が突き刺さる。僅かに怯んだところに健司の[炎神剣]が叩き込まれ雪大狼は激しく燃え上がる。
急激に膨れ上がった炎の精霊力に即座に対応したのは九重である。
「炎の精霊王よ。契約に基づき破壊の炎を吹き荒れさせ全てを燃やし尽くせ! 【炎の嵐】」
一瞬燃える雪大狼から炎の精霊王が顕現すると前線の外で包囲網を形成していた雪大狼らが業火に炙られ悲痛な叫びを上げる。
「法の神よ。かの者たちを癒す光あれ。【広域治癒】」
タイミングよくアルマの祈り通じ癒しの光が周囲の者たち照らすと硬く強張っていた筋肉もほぐれ凍傷も癒される。
見れば雪大狼の数も残り五頭までに減っており怒りの唸りを上げる大魔雪狼姿勢を低くする。
僕は慌てて走り始める。あんな巨体相手に生物的に雑魚の人間が必死に防御陣を敷いてもダメだ。蹂躙されてしまう。ここは攻勢に転じるべきと判断したためだ。
走りつつ体内保有万能素子を打刀の刀身へと集約させていく。僕に追従したのは瑞穂とダグと健司である。
そこへ残った五頭の雪大狼が飛び掛からんと走ってくる。
「綴る、八大、第六階梯、攻の位、炎、炎撃、火炎、凝縮、火槍、投槍、威力、目標数、発動。【炎の投槍】」
そこへ後ろに控えていた和花せ標的数と威力を拡大された【炎の投槍】が飛来し雪大狼を突き刺さると激しく燃え上がる。
燃え上がる雪大狼を横目にさらに走る。大魔雪狼は迎撃とばかりに氷乙女に命じ【氷針】を放たせる。
僕は刀身に集約させていた体内保有万能素子を即座に体表に張り巡らせ【氷針】を防ぐ。魔戦技の【魔鎧】である。
瑞穂とダグは魔戦技の【切払い】で対処し健司は[炎神剣]で焼き払った。
僕らの初手は意外にも健司からだった。
「火蜥蜴! お前の吐息を浴びせてやれ! 【炎弾】」
[炎神剣]から火線が走る。大魔雪狼の白い毛皮に触れるとパシっと弾けてしまい焦げ跡すらなかった。恐らく抵抗されたのだろう。
だがそのわずかな時間で僕らはさらに接近する。大魔雪狼は踏み付けるように右の前肢を振り下ろすのを無詠唱の【瞬き移動】で避ける。
振り下ろした右前肢に対して瑞穂の[鋭い刃]で深々と切裂く。その一撃は骨を半ばまで断つものであった。
予想だにしなかった痛みに暴れ始めるが既に足元には僕らは居ない。
一番最後のダグの刺突を野生の勘で察知し大きく飛び跳ねて躱す。右前肢を庇いつつも魔法の準備に入る。
【冷気の嵐】を警戒したが予想は外れた。突然ダグの足元が凍りだすかと思ったらそのままダグは氷柱に取り込まれてしまう。【氷の棺】の精霊魔法だ。
少々の熱や炎では氷柱は溶けない。これによりダグは心肺停止となり脱落であった。急いで解凍して救命手当を行えば蘇生可能だろうがその余裕はない。
慌てて健司が[炎神剣]の火力を上げて氷柱を溶かし始めるが想定より氷が溶けるのが遅い。
解凍は健司任せて僕と瑞穂は接敵を試みる。大魔雪狼が大きく飛びのき距離を取り魔法で攻撃されると打つ手がないからだ。
強力な魔法は発動に条件があったり手間が掛かったりする。特に閉鎖的な迷宮では火力がどうしても出しにくい。
大魔雪狼は自身の前肢を凍らせ止血をすると僕らを迎え撃つべく次なる手を打つ。
突然足元が大きく凹み足を取られる。【氷穴罠】の精霊魔法であった。僕は間一髪平衝を保ち持ちこたえるも瑞穂の方は脚を取られ平衝を崩し上体が宙を泳ぐ。あれでは死に体だ。
いつの間にか大魔雪狼が接敵しており左前肢が瑞穂を捉える。
だがそこには瑞穂の姿はなかった。僕同様に【瞬き移動】で難を逃れたのだ。
瞬時に自身の限界ギリギリの体内保有万能素子を刀身に集約させる。完全にコツを掴んだと言ってもいい。走り抜けつつ一振り。
魔戦技【練気斬】によって切れ味が格段に向上した刀身は難なく体重の乗っていた右前肢を切断する。
流石に前肢による攻撃は無理だろうし噛みつくために頭部を下げるならこちらとしては大歓迎である。
それなりに知能があるのか怒りでガムシャラに襲ってくるといった事はなかった。代わりに周囲が急激に冷え込む。精霊魔法を使う予兆だ。
標的は瑞穂であった。足元が凍りだしたのだ。【氷の棺】である。
そして氷柱が出来上がる。だがそこには瑞穂の姿はなかった。無詠唱の【囮】で難を逃れたのだ。
いつの間にか持ち替えていた機械式連弩を連射する。あまり命中率の高い武器ではないが標的が大きいだけあって全てが突き刺さる。
そろそろ呪的資源切れだろうと踏んで僕は一気に間合いを詰める。体内保有万能素子を刀身へと集約させていく。
僅かに遅れて瑞穂も武器を持ち換え追従してくる。
苦し紛れの迎撃か【氷針】が飛来してきたが左腕の刃留めを射線上に割り込ませ逸らす。衝撃で痛みが走ったが問題ない。
そして僕が間合いに入ると苦し紛れに半ばで切断され橈骨が露出した右前肢を振りおろす。それも躱し後肢を斬りつけようとした刹那――――。
バシッ
何かが弾ける音が鳴り血が舞う。後肢は大きく切り裂かれているが骨は断たれていない。想定より威力が低くかったのだ。
恐らく先ほどの音は魔戦技の【反射】だったのだろう。僕の【練気斬】を相殺しきれず負傷したようであるが【練気斬】を使ってなければ死んでいたかもしれない。
しかし【反射】を使った直後は無防備だ。うちの瑞穂がそんな隙を逃すはずがない。
[鋭い刃]が深々と差し込まれ大きく後肢を切裂いていく。平衝を崩し横倒しに倒れていく。これで勝敗は決まった。
悲痛な叫びを上げつつ必死に起き上がろうとするも出血は止まらないし起き上がれない。
楽に殺すとなれば脊椎か脳髄の破壊だろう。頭の方へと廻り構える。大魔雪狼は口を大きく開き威嚇するが僕に油断はない。
突然大魔雪狼の口が閉ざされる。横目で見れば瑞穂の鋼刃糸が口に巻き付いていた。必死に口を開こうと藻掻くが藻掻けば藻掻くほどに鋼刃糸は食い込んでいき周囲は真っ赤に染まる。
これは早く止めを刺すべきだろう。
程なくして脊椎を断たれた巨体は動かなくなった。
ブックマーク、評価、感想、誤字報告などありがとうございます。
貴重なお時間を使って報告していただき感謝に堪えません。
なんで文字数の調整が出来ないのか?
更新ペースがあれなんでこのくらいの方が読む方としてはいいのだろうか?
カクヨムの方は5~6千文字くらいにまとめてるけど、そういえばあっちも更新してないなぁ




