526話 彷徨う樹木戦
先ずは一〇人ほどで様子見をすることにした。入ったら討伐されるまで出れないけど後から増員する分には問題ない…………はずだからである。
内心では間違ってたら困るなとは思うけどまとめ役がそれを口にするのはマズいので黙っている。
壁役として半豚鬼英雄のクロガーと半豚鬼が四人と僕、健司、同級生で精霊使いで格闘家の九重、闇森霊族のアドリアン、炎霊族のフロイセンである。完全に攻撃に偏重した構成だ。
負傷者がでたら回復役は僕が担当する事になる。
壁役以外の全員が魔法による攻撃が可能であり近接戦闘も熟せる面子である。
「いくよ」
僕の号令と共に階層主の区画に突入する。何か障壁のようなモノを通過する違和感があるが特に問題なく六人以上が区画に侵入できた。
区画の広さは7100スクーナ、帝都ドーム二個分ほどの大きさである。その中央に高さ7.5サートを超える恐らく長寿の彷徨う樹木が鎮座いしており周囲には高さ2.5サートほどの彷徨う樹木らしきものが擬態している筈だ。数は不明である。彷徨う樹木らは動く気配がない。まだ擬態を続けるようなので下準備を始める。
この編成の特徴は高火力ではあるが精霊魔法に依存している点が最大の欠点でもある。
精霊魔法は周囲に魔法に対応する精霊が居なければ発動はしない。故に迷宮などに入る場合は風乙女や水乙女などを契約して連れていく。
松明程度の炎であれば低級の魔法は問題なく使えるだろうけど高火力の魔法を使おうと思ったら炎の精霊力を高めなければならない。
その為の下準備である。火の精霊力を高めるのだからそりゃ燃やすのである。
全員に警戒するように伝えた後の僕は[魔法の鞄]から骨の一部を取り出し地面に放り呪句の詠唱を始める。
「綴る、付与、第二階梯、付の位、触媒、従僕、骸骨、発動、【骨の従者】」
詠唱の完成と共に骨は膨張と変形を繰り返し程なくしてそこには人型の骸骨が直立していた。
この魔術の面白いところは今回は人型だけど触媒に使ったの骨によっては四足獣などもあり得るという事だ。
更に[魔法の鞄]から封をした壺を取り出す。これの中身は揮発性可燃油である。ガソリンに似ているけど錬金術によって作成しており液体のままだと火がつかないけど常温で気化し可燃物があると爆発するように急速に発火する。非常に高価だが揮発し可燃物に触れると一定の空間をが爆発するように燃えあがる。
少なくても生木が燃えるくらいには。
壺を持たせ前進させる。僕らは彷徨う樹木が動き出さない事を祈りつつ見守る。長寿の彷徨う樹木までの距離は25サート。
10サートほど進んだところで突然一本の樹木が揺れ動いたと思うと大振りの枝を骨の従者に振り下ろした。
骨の従者は地面に叩きつけられると同時に手に持っていた壺が割れて液体が飛び散る。
飛び散った液体は気化し周囲に充満していく。
「健司」
「あいよ」
僕の合図とともに健司が[炎神剣]の刀身に炎を吹き上がらせるとそこから一筋の火線が伸びた。
精霊魔法の【炎弾】である。
揮発性可燃油が気化して充満したあたりで爆発するように燃え上がった。距離が離れていたこともあり熱風が発生したもののダメージになるような熱さではなかった。
生木という事もあり黒煙を発し燃え始めた樹木や彷徨う樹木らをみて十分に火の精霊力、火の精霊界との繋がりが確保できたことを確認した後に九重、アドリアン、フロイセンらがそれぞれが詠唱に入る。
「「「炎の精霊王よ。契約に基づき破壊の炎を吹き荒れさせ燃やし尽くせ! 【炎の嵐】」」」
詠唱は完了し三か所同時に巨大な炎が吹き上がると炎を周囲へと広がっていく。その高火力の炎は周囲の木々を焼き尽くしていく。予想以上の威力に驚いてしまったが、これは術者としての彼らの力量が高いからでもある。同じ炎の精霊王を力の源としても物質界で力を振るためには媒介となる術者の力量に依存されるからだ。そのあたりは魔術師や聖職者と大差ないと言える。
本命の長寿の彷徨う樹木には被害はないようであるが前座の彷徨う樹木の多くは駆逐できたようだ。
僕らは木々が燃え尽きるのを待つあいだ次の手を考える。高さ7.5サートもある巨木を人間様が物理攻撃で倒すにはかなり骨が折れる。幹の直径は0.5サートにもなる。
剣や槍では駄目だなと判断し[魔法の鞄]から両刃の戦斧を取り出す。
これで僕と健司、あとはクロガーが頑張って削っていくしかないだろう。残りの面子は枝の迎撃と防衛に専念してもらう。
鎮火を確認して僕らは前進する。
そろそろ長寿の彷徨う樹木の攻撃圏内に入ろうというところで一旦停止し僕は最後の準備をする。
「綴る、八大、第二階梯、付の位、火炎、増強、炎撃、対象、目標数、発動。【火炎付与】」
詠唱の完了と共に近接攻撃組の戦斧から炎が吹き上がる。
「わざわざ首領が最前線で身体を張る意味なんだ? 普通は後ろでふんぞり返って下々の者にやらせるべきだと思うのだが?」
突然そんな事を言い出したのは半豚鬼英雄のクロガーであった。
「性分なんだよ」
「よく分からないな。ひとの上に立つ者の所業とは思えない」
「好きで頭を張ってるわけでもないけど、僕は傲慢だから自分より弱い人に任せっきりなんて怖い事は無理だな」
クロガーの言に僕はあえてこう返した。
「そういうものか」
「そういうものだよ」
そう言ったきり沈黙する。自尊心を傷つけてしまっただろうか?
「樹はお人好しだから自分の命令で自分以外が怪我するのが嫌なだけだよ」
沈黙を破ったのは健司であった。それと同時に笑いが起こる。何言ってるんだよ…………。
「いくよ!」
僕はそう言うと戦斧を両手で持ち走り出す。
思ったより上手くいかない。巨木が動く際に足となる根が蠢くせいか腰の入った強力な一撃が出しにくいのだ。上から打ち下ろされる枝は壁盾を持った半豚鬼らが防いでくれることもあり攻撃に専念できるとはいえ既に八半刻が経過し四度目の【火炎付与】を付与したところである。
更に厄介なのは燃えなかった彷徨う樹木らがこちらに近づいてきており遠距離から魔法で迎撃しているものの数体は到達しそうなのであった。
幹への攻撃を止め僕らは根を断ち切る方向にシフトした。呪的資源の問題もあるのでせいぜい後八半刻ほどが限界だろう。
巨大な根を数本断ち切ると動きがかなり鈍くなってきたようで幹への攻撃を再開できた。枝も幾本か燃やし攻撃の手数も減ってきた。もう少しだろうか?
その時である。
「離れて!」
この区画に居ない筈の声が響いた。遠隔地に音を届ける精霊魔法の【風の囁き】だろう。
手信号で距離を取るように伝える。指示が行き届いたのを確認して僕も動き出す。
そこへ特大の【炎の投槍】が幹に深々と突き刺さり燃え上がる。
派手に暴れだしたこともあり足元に居るのは危険と判断し僕らは一旦距離を取ると続けざまに【炎の投槍】が飛来し四本目が突き刺さると長寿の彷徨う樹木は動かなくなったのであった。
「なるほど、我れが共同体の最強は彼女であったか」
クロガーがボソっと呟いた。
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