56話 厳しすぎる一言
2019-06-29 カクヨム版修正にあたり誤字脱字など修正
「少々お待ちを————」
その奴隷商は従業員を呼び何やら耳打ちする。
従業員が奥へと消えていき、僕は大きな商談室へと通される。
八半刻ほど奴隷商人と茶飲み話くらいの感覚で奴隷の運用方法などについて聞かれるものの迷宮攻略の荷運び人や仮設休憩拠点の設営要員程度に考えているが安いうちに予備も含めて数を揃えておきたいと適当にお茶を濁しておいた。
そろそろ話のネタも尽きた頃タイミングよく従業員が入ってきて用意が出来たと告げてきた。
ゾロゾロと大きな商談室に実に50人もの奴隷が並ぶ。
ぶっちゃけ教室くらい大きな商談室だったから結構人数居るのかと思ったけど、まさかこんなにいるとはねぇ…………。
ただよく見れば今回は見送り確定の奴隷もいた。
こっちの世界の人族や森霊族や地霊族、それに亜人族と蔑む獣耳族だ。
奴隷商に言って該当しない15名を下げさせる。
彼らはトボトボと去っていく。その表情は最初からなんも期待していない感アリアリだった。
残った奴隷は公用交易語がほぼ理解できない者たちだが……。
「全員注目!」
僕は日本帝国語でそう叫んだ。
その言葉にすぐに反応したのは22名で残りは周りの動きを見て慌てて同じような行動をとった。
13名は除外かな。
奴隷商に言って13名を退室させる。
「僕は日本帝国所属高屋家五男の高屋樹です。学園島十年生になります。突然このような事態に見舞われさぞかし混乱されている事でしょう。僕は皆さんの解放と帰郷を約束します。いまは大人しく僕に従ってください」
日本帝国語でそう告げた後、様子を窺うと最初は事態を呑み込めていなかったようだが安心したのか多くの者が泣き崩れた。
「彼らを全員買い取ります。見積もりを下さい」
公用交易語に切り替えて奴隷商に告げた。
「ありがとうございます。この者たちは未成年の様で体格も幼く、膂力も低く、体力もなく使い道がなく、言葉も通じない者でこのままだと格安で闘技場の合成獣や食人鬼の餌にでもするしか道がなかったんですよ————
奴隷商人は揉み手で嫌らしい笑みを浮かべそう捲し立てた。
「破棄予定の奴隷22名で55000ガルド。初期登録税込みで6万ガルドで如何でしょうか?」
6万というと金貨60枚か……。思ったより安いかな?
この時は気が付かなかったが金銭感覚が麻痺していたのである。いや、これで同胞を助けるんだと自分の行い行為に酔っていたんだろう。
書類手続きなどに半刻ほどかかりお金を払って路地に戻る。外には頼んでおいた魔導客車が待っていた。この魔導客車は箱型でどーみてもタイヤのないマイクロバスなところが異世界感ないなーとか空気読んでよとか思わないでもない。
運転手である騎手の人は車内に薄汚れた大量の奴隷を乗せても嫌な顔一つしないプロフェッショナルである。
まー割増料金出してるんですけどね。
見受けした22名は下は四年生から上は九年生までだ。女子はおらず家柄も全員が二等市民の子たちだ。
開放感からはしゃいでいるが、ここ数か月の劣悪な生活環境でかなり痩せこけている子も多い。
四半刻ほどで師匠宅の門へと到着する。
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「それではお預かりします」
守衛さんはそう言って門を閉める。見受けした子供たちには別れを惜しまれたのだがまだお昼前なので次の奴隷商を探さなければ。
箱型の魔導客車はタクシーみたいなもんだったので既にここにはいない。徒歩で戻ることになる。
そういえば昨夜の怪しげな青年から貰った護符の件で師匠に相談するの忘れてたなーとか考えつつ歩いていると————。
「樹」
歓楽街のそばで後ろから隼人に呼び止められた。
「もう身請け始めてるのか?」
「うん。低学年の男子22名を身請けして師匠のところに預けてきた帰りだよ」
隼人は「そうか」と言うとこう切り出した。
「俺らが体張って稼いだ金でする意味あるのか? お前なんて死にかけたじゃんよ。そんなに称賛されたいのか?」
「…………称賛されて嫌な気分にはならないし、自己満足と考えてもいいけど、恩って巡り巡って自分に帰ってくるって僕は信じているんだよ。だからいいんだ」
僕はそう締めくくった。だがその台詞が隼人の勘に触ったようだ。
「お前は何もわかっていない! なんの為にこの世界に残ったんだよ! 元の世界…………生まれ故郷を捨てた理由を思い出せよ! 小鳥遊やお前の従妹に何かあった時はどうするんだよ! 手持ちの資金がないからって途方に暮れるのか? 売りつけた恩がいつか返ってくるから大丈夫と見殺しにするのか? それでいいのなら俺は何も言わねー」
「い、あ、僕は…………」
グサリと隼人の言葉が突き刺さった
「この資金があれば武装を整える事だって出来るし魔法の水薬だって買えるはずだ。病気になった時どうする? こっちには医療保険とかないんだぞ。毎回毎回ヴァルザスさんやマリアちゃんが蘇生させてくれるわけじゃないんだぞ!」
「う、うん。わかっている」
「いや、わかってない! お前は思わぬ収入と周囲の冒険者の畏怖に気分を良くして、そんな自分に酔ってんだよ!」
胸を抉るような一言の後に続いたのは頭部を殴りつけるような一言だった。
「僕が酔ってる…………」
目の前が真っ暗だった。今はお昼前だ。どうしたんだ僕は…………。
「言うことは言ったから俺は行くわ」
そう告げると隼人は去っていく。ショックで何も考えられない————。
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気が付くと九の刻の鐘の音が鳴っていた。
食事もとらずどこで何をしていたのかすらわからないが和花と落ち合う約束をしていた広場に佇んでいた。
「お待たせー。待った?」
すこし離れたところで僕を見つけた和花が小走りに近寄ってきた。
「あれ? 何かあったの?」
小首を傾げてそんな質問をぶつけてくる。そんなに判りやすい表情したのか…………。
「ん~なんか言いにくそうだね? そうだ! ちょっと待ってて」
何かを思いついたのかそう言うと和花は踵を返し何処かへと向かっていった。
そして程なくして戻ってきた。
「お待たせ。伝言屋に先生への言伝をお願いしてきた」
そう言って僕の左手を握る。
「板状型集合住宅へ帰ろ。瑞穂ちゃんが戻ってくる前に話を聞いてあげる」
僕は和花に手を引かれて板状型集合住宅へと歩いていく。
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