521話 試練の迷宮⑫
書き終わってはいたんです。ただ疲れすぎてて投稿を忘れてただけなんです。
健司が寝た隙に僕は一人で反対側の林の方へと偵察に向かう。和花と合流するために戻ると言っても偵察くらいは許されるだろう。
暗い事もあり【暗視】をかけ【飛行】で反対側へ。
双眼鏡を取り出し覗いてみる。管理された木々のお陰で見通しは悪くはない。深夜帯に流離っている怪物どもは巨大生物ばかりだが普通の動物もいるようである。
その中でヤバイい生物を目撃してしまった。
そいつは普通の鹿であった。
ただ普通じゃないところがありそれが全身至る所から生えているキノコであった。所謂菌糸寄生生物であった。
こいつは衝撃を与えると胞子をバラまきそれを吸い込んだ生物に寄生し数日中に脳を乗っ取る。そうなればあとはただ体内の栄養が尽きるまでフラフラと流離い周囲に胞子をまき散らすだけの存在となるのだ。
因みに脳を汚染されると高位の奇跡で助かっても障害が残る場合がある。
基本的な対応は発見したら即座に燃やせである。
なので僕は文献に基づいて燃やすことにした。
「綴る、八大、第六階梯、攻の位、炎、炎撃、火炎、凝縮、火槍、投槍、発動。【炎の投槍】」
薄暗い林に赤い軌跡が伸び一匹の鹿が燃え尽きた。
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健司が目覚めた後、何事もなかったかのように元来たルートを戻り崖の中の階層主の部屋に戻る。
隣を歩いていた健司が突然立ち止まる。
「この寒天状立方体生物をどう抜けるかだよな」
そう言って松明を準備し始める。人ひとり分のスペースをこつこつと焼くつもりだろうか?
「松明は最後の手段にしよう。呪的資源を喰うけど僕に任せて欲しい」
そう言って[魔法の鞄]から拳大の石を取り出し床に放り詠唱を始める。
「綴る、付与、第三階梯、付の位、触媒、従僕、石像、発動、【石の従者】」
詠唱の完成と共に【魔化】された石は徐々に小柄な人サイズに変態していく。
「前進せよ」
僕は寒天状立方体生物に突入するように命令する。倒すのが目的ではない。その0.83グラン近い自重と食人鬼を凌駕する膂力で強引に突き破るためだ。
一限もしないうちに反対側に抜けたので石の従者はその場で待機させる。寒天状立方体生物は元の形状に戻ってしまってとてもではないが生身では通過は難しい。
「どうするんだ?」
「見てなよ」
僕はそう言って次の詠唱に入る。
「綴る、召喚、第八階梯、動の位、対象、転換、跳躍、発動。【配置転換】」
詠唱が完了すると僕と石の従者の配置が入れ替わる。元居た位置では健司が驚いている。次は健司をこっちに呼ばなくてはとさらに次の詠唱に入る。
「綴る、召喚、第八階梯、転の位、探査、対象、掌握、転換、跳躍、発動。【強制召喚】」
詠唱が完成すると離れた場所の健司が魔術の対象として力が及ぼし始める。
健司は抵抗することなく魔術を受け入れると程なくして僕の横に出現した。
「すげーな。でも、これって小鳥遊には使えなかったのか?」
その疑問は当然だろう。答えはどこにいるかが特定できないから使えないのだ。
「出来るなら真っ先に呼び出してるよ」
「そりゃそうだな」
階層主の部屋に取り残された石の従者を再び前進させると僕らは迷路のような階層を進んでいくのであった。
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迷宮を逆の手順で攻略していく。細かい休息を挟みつつ再び報酬部屋に到着する。
そこで収納箱を開けると一振りの棒杖が収まっていた。
魔法の発動体は和花以外は滅多に使わないから不要な気もする。いくつか文献で見た特徴と酷似していた。でもとりあえずは[魔法の鞄]に放り込んでおく。
そして階層主とご対面であった。
「食人鬼一家だな」
「そうだね」
そいつらは体高0.75サートにもなる食人鬼王種を筆頭に取り巻きとして皮鎧で武装した食人鬼一〇体であった。
「下の階の牛頭鬼の方が弱かった気もするんだが…………」
健司のその問いも分からなくはない。相性の問題ではないだろうか? それとも下層へ行くほど強力な敵がいるとゲーム脳で思い込んでいたからだろうか?
そんな事を思っていると食人鬼らが動き出す。
「健司。王種は任せた!」
健司にそう指示を出し走り始めつつ光剣を仕舞うと[魔法の鞄]から打刀を取り出すと腰に差す。
先頭の食人鬼が喜色の笑みを浮かべ手にした棍棒を大きく振りかぶる。弱点丸出しである。
僕は一旦走る速度を緩めると棍棒の一撃をやり過ごし直後に右脇を駆け抜けつつ打刀を一閃。狙い違わず腋窩動脈を切裂く。基本的に人型の生物は多少の違いがあれどほぼ構造は同じだ。
何れ出血で倒れる食人鬼には目もくれず二体目に接敵するとこちらの動きを予期していなかったのか慌てて棍棒を振りかぶる。
その懐に素早く入り込むと膝下を切裂く。ここは膝窩動脈があるところだ。
人を殺したくないなと言いつつ幼少のころから叩き込まれた技術が自然と出てしまう。
瞬く間に二体から血飛沫が上がるも戦意自体は衰えていない。
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一限もしないうちに全ての食人鬼を黙らせ健司の方を窺うと、ちょうど三日月斧の一撃が脇腹に深々と食い込みそれが致命傷となったようだ。
「お疲れ。負傷は…………なさそうだね」
健司に労いの声をかけ全身を見渡す。いくら強固な防具で全身を固めているとはいっても質量兵器に対しての防御力には限度というものがある。倍近い大きさの人型生物から攻撃を受ければ一発で戦闘不能にされてもおかしな話ではない。
「いい感じに鍛錬の成果が出たってところだな」
鍛錬の成果を実感でき気分も良いだろうから口には出さないけど、そう言うときほど危ない。
「…………ところでだ」
そう口にすると報酬部屋で手にした真紅の大剣を取り出す。そんなに抜きたいのか…………。正直言えば文献でよく似た[魔法の武器]を見たことがある。ものそれであれば伝説級である。ただその力を使う為にはノーリスクではないんだよねぇ。今は分断されているし出来れば後にして欲しいというのが本音だ。
「何かあれば責任は取るから頼むよ」
そう言って頭を下げるがその責任を取るってどーとるのさ? まさか命で贖うって話? 僕の想像が正しければ失敗すれば命の危険どころか魂の危機である。
健司より強い戦士は幾人かいるけど、二年以上一緒に組んでる事もあって戦闘時の意思疎通がスムーズだから彼の変わりはちょっとなぁ…………。
でも、心のどこかであの[魔法の武器]が使えれば戦力としては破格なのではという囁きもある。
健司はと言えば思いつめたような表情でじっとこちらを見ている。どうやら決意は固いようだ。
思わずため息が漏れてしまう。
「分かった。ボクは信じてるからな」
「分かってる。まだ死ねないからな」
そう言うと柄に手をかけ金属製のカバーの留め金を外す。
床に落ちた金属製のカバーがガシャンと音を立てると刀身から炎が吹き上がる。
やはり文献で見たやつであった。
その[魔法の武器]の名を[炎神剣]と言う。
宝珠に炎の精霊、それも炎の精霊王を封じた最上級の[魔法の武器]である。火蜥蜴を封じた廉価版ではない。
僕らは声もなくただ噴き上げる炎が形作り炎の精霊王を顕現させる一部始終を見つめていた。そこにあった感情は超常の存在に対する畏怖であろうか?
顕現した炎の精霊王は下位古代語でこう告げた。
「汝が新たな契約者か?」
かなり古い下位古代語であったが意味は理解できた。優秀な冒険者の嗜みとして健司も習ってはいたから恐らく意味は理解できているだろう。
「そうだ」
やや発音が怪しかったが健司はそう答えた。恐らく意味は通じている筈だ。
「では、我を使うに相応しい格を有するか試すとしよう。受けるか?」
健司は即座に「応」と返事を返していた。
炎の精霊王は炎に転じると健司を包み込むように動く。
思わず叫んでいた。
「健司! 自己をしっかり意識しろ!」
それは上位の精霊との契約で必須となる心構えだと聞いた。
健司を包み込んだ炎が消えるともぬけの殻となった健司の肉体が崩れ落ちる。
健司の精神は炎の精霊王に拉致られ炎の精霊界へと旅立ったのだ。
僕としては無事に戻ってくることを祈る事しかできない。
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貴重なお時間を使って報告していただき感謝に堪えません。




