幕間-56 試練の迷宮 裏⑤
やや文字数が多いです。
豚鬼王種を頂点とした豚鬼一家は【爆裂】で爆殺して美味しくない報酬を[魔法の鞄]に放り込み長い階段を降りて開けた場所に出た。
そこは|広大な敷地の地下墓所であった。そして漂ってくる腐臭。先頭を歩く瑞穂ちゃんが鼻を顰める。
「ここは地下墓所を模して創造された階層って事ね…………」
創成魔術では不死者は作り出せないのでここで登場する不死者は恐らく過去に奴隷を魔術の研究という名の実験で命を弄ばれた者たちの成れの果てか外の世界から召喚した天然物であろう。
隣のアルマはと言えば聖職者らしく死者への弔いの祈りと共に司教杖を握りなおしていた。
それにしても一体あといくつ階層主を倒せば崖下に到着するのだろうか? 拠点と連絡もできない。樹くんの性格から拠点に一時帰還は考えにくい。私の中のイマジナリー樹くんが迎えに来てと私に囁くのである。
この階層は野外フィールド型と呼ばれるタイプでどこかに階層主が居てそいつを倒すと下へと進めるはずである。
周囲は薄暗くどの程度規模かは分からない。
正直言えばこんなジメジメして腐臭漂う階層に長居はしたくない。携帯糧食をかじって夕飯として探索を続ける。
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「見つからないわねぇ…………」
外壁沿いに二刻ほど歩き回っては屍人や骸骨を破壊してまわりつつ探索を続けていた。
何処かにこれぞボスが居そうってスペースがありそうなのだけどそれが見つからないのである、階層自体はあまり大きくなく一辺が1サーグほどである。
「やっぱり未探索の真ん中しかないかな?」
アルマも同じことを考えていたようで頷いていた。とりあえず壁に入り口以外の出入りする扉はなかった。
瑞穂ちゃんが小さな胸を反らして自信満々に「ない」と言い切った。それを信じようと思う。
念のために楢の木兵を四体呼び出し周囲の警戒に当たらせる。
時間も遅いし本日も結構魔法をがっつり使って来た事もあり私もアルマも呪的資源は心もとない。
基本的に屍人は動きが鈍く痛覚が無くなった関係で打たれ強い。骸骨は骨だけのせいか打たれ弱く、強さ的には赤肌鬼と同格といった感じである。
瑞穂ちゃんも珍しく切れ過ぎる[鋭い刃]を仕舞い軽槌矛を片手に戦っている。
いまのところ幽体の敵、怨霊と呼ばれる亡霊や死霊とは遭遇していない。あれは魔法なしでは討伐は厳しい。いまのとこ魔法がガンガン使えるのはこれまで温存してきた瑞穂ちゃんだけである。
私があと数回でガス欠だろうし、アルマも残り数回で倒れるだろう。
鎮静の水薬?
もう過剰摂取しすぎで中毒症状で既に効果がない。解毒するか暫く、一週間くらい休む必要がある。
「ん? あれは…………」
薄暗い中でもっとも素の視力の良いダグが何かを見つけた。方角的に中心方向に大きくはないが建造物がありその前に何か巨大なものが鎮座いしているというのである。
「巨大なもの?」
念のために問うも「そうだ」としか返ってこない。
「なにか心当たりある?」
隣のアルマに問う事にした。この面子の中で最も知識があるのは彼女である。
「階層主としてそれなりに強くて、大きい存在…………」
考え込んだアルマが時々ダグに得られるだけの資格情報を問い質していた。
一限ほどやり取りのあとアルマが告げた。
「恐らく…………竜屍ね」
もともと竜は個体数が少ない。それの竜屍ともなるとレア中のレアであろう。嬉しくないけど。
「性能は?」
「そうねぇ…………。死んでいるので炎の息は吐かない。空も飛べない。魔法も使わないってところかなぁ」
あとは元の性能、個体の種類と大きさに準ずるそうだ。竜は基本的に大きいほど長生きとされ様々な事が出来るようになる。
「脅威度は低めなのか?」
「鉤爪や牙などの物理的な威力が落ちた訳じゃないから低くはないと思う。個体の大きさから推測するに私が直撃を受ければ即死するかもしれないくらいには危険ね」
ダグの問いにアルマがそう回答する。それなりに強固な魔法の工芸品を装備する女性陣だけど、それで即死レベルって普通に甘く見ていい相手じゃないって事ね。
防御力は竜鱗は強固だけど竜屍故に総合的には生前に劣る。
「取り合えず銀製品か聖別した武器を用意しましょう」
アルマがそう提案しそれぞれ[魔法の鞄]から装備を取り出していく。
銀製品と言っても純銀性の武器ではない。銀を鍍金したものだ。なので耐久性に難がある。
魔力を帯びた武器でも有効打は与えられるので瑞穂ちゃんは[鋭い刃]を用意し機械式連弩の太矢として銀の太矢を選択した。
私は投石紐に銀の金属弾を選択した。なにせ魔法は限りなく使いたくない。というか使えない。
アルマに中毒を中和してもらおうと思うと恐らくだけど彼女が倒れる。それでは意味がない。
アルマは残り少ない呪的資源でいくつか奇跡を起こす。その後は投石紐要員だ。
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「黒竜の大竜ってところかしら?」
ある程度近寄ってから再度観察した際のアルマの感想である。
ここで言う黒竜とは鱗の事での竜としての分類の事で本来であれば酸性ガスと炎の吐息を使い分ける。
後肢と尻尾で立ち前肢の鉤爪と牙を使う。生前なら飛行も可能。
さらに大竜とは大きさとおおよその年齢を指す。今回は大竜なので体長が5サートほどある。生前なら魔法が使えるくらいには知能があったし話し合いで解決する場合もあった。
いまは竜から25サートほど離れているけど、ここから遠距離攻撃を行っても打撃を与えることは出来ない。
空間的に遮断されているそうだ。少なくてもあと半分ほどは近寄る必要がある。
先制攻撃は瑞穂ちゃんの機械式連弩の連射から始まった。数本が突き刺さったところで黒竜がのっそりと動き出した。死体なので効いているかどうかが判り難い。
引き撃ちしてれば勝てるのでは思うけど、ここは空間的に隔離されておりこれ以上後ろへは下がれないし、あの巨体なので何れ逃げ道が塞がれる。奥の建物は恐らく報酬部屋兼下への階段であろう。倒さない限りは逃げ込むことは出来ない。
ゲームみたいに分かりやすい指標があれば戦いやすいのだけど…………。
近寄ってくると想像以上に威圧感を感じる。
最初の一撃は前肢の鉤爪を避けたダグの刺突であった。大きめの穂先が半分以上
食い込むものの痛覚のない相手だとどの程度効果があるのかわかりにくい。
「法の神よ! 不浄なる者を打ち払う聖なる光を!【聖光】」
最後尾にいるアルマから閃光が周囲に放たれる。閃光に照らされた黒竜の表面が焼けただれる。
そして私はと言えば、
「綴る、八大、第六階梯、攻の位、炎、炎撃、火炎、凝縮、火槍、投槍、威力、発動。【炎の投槍】」
術式に火力強化を加えて詠唱を完成させると宙に炎で造られた槍が出現する。
それを投擲すると放物線を描き飛翔し胴体に吸い込まれるように突き刺さり周囲が燃え上がる。抵抗をすり抜けて有効打を与えたようだ。
ただしこれで私の呪的資源はほぼ打切りである。あとはひたすら銀の弾を投擲するだけだ。
その後はアルマの【祝福】でやる気を底上げしてもらう。彼女もそろそろ限界が近い。
ちまちまと削っていくものの損傷度が判り難く徐々に焦れてくる。そして歯車が狂うときは突然やってきて破綻する。
最初の犠牲者はダグであった。どっしり地に足をつけて刺突する以上動きが止まる瞬間がある。そこを狙われたのだ。完全に彼の視野の外から尻尾薙ぎ払いが襲い派手に吹き飛ばされる。
運が悪いのは飛ばされた先には瑞穂ちゃんが居たのだ。飛ばされダグを全身で受け止める事ととなりその衝撃でダグ共々昏倒してしまう。
これってもしかしてマズいのでは?
ゆっくりと竜屍が近づいてくる。そして振り下ろされる前肢。
辛うじて障壁の展開が間に合った。しかしこれは悪手であった。
私は障壁を維持するのに多大な労力を必要とする。
「法の神よ! 不浄なる者を打ち払う聖なる光を!【聖光】」
背後から再び閃光が発せられる。だがそれと同時に倒れる音が耳に入った。恐らく限界に達したのだろう。
竜屍の表面は二度の【聖光】で大きく激しく焼けただれている。
しかし倒すには至らなかった。
打つ手がない。
こんなところで終わるわけにはいかない。最後の手段かと[魔法の鞄]に手を伸ばし水晶柱を取り出す。
樹くんが用意した非常手段だ。私は躊躇してしまった。非常手段のアイテムである[緊急脱出の水晶柱]は効果範囲内の者を強制的に安全圏に放り出すモノである。
だがその効果範囲に瑞穂ちゃんとダグが入っていないのだ。精神的もひどく頭が回らない。障壁のお陰で何度殴られても怪我を負う事はない。
瑞穂ちゃんを置いて脱出したら樹くんは許してくれるだろうか?
アルマさえ連れ出せれば死体がなくても遺品から蘇生は可能とは聞く。ただし著しく成功率は下がるとも聞いた。
どうしたらいい?
誰か助けてよ…………。
鉤爪が何度も殴られる。
牙で何度も噛まれる。
しかし障壁は無事である。
でも…………。
決断が付かないままじりじりと時間だけが過ぎていく。
私は決断した。
「ごめんね」
[緊急脱出の水晶柱]を持った左手を振り上げた。あとは地面に叩きつけるだけだ。
しかし最後の最後で決心が鈍る。
「――――、発動。【炎の投槍】」
その叫びにも似た詠唱は最も聞きたかった人のものだった。
ブックマーク、評価、感想、誤字報告などありがとうございます。
貴重なお時間を使って報告していただき感謝に堪えません。
最後の二行は本編に回したかったのだけど、次の投稿がちょっと目途が立たないから流石にと思って追加。




