518話 階層主との戦い-再び
高熱にうなされたどコロナでもインフルでもなかった。
ただ肺炎予備軍らしくただでさえ薬漬け生活なのにさらに薬が追加。
入院を勧められたけどうちの会社が快く入院させてくれるような真っ白い会社じゃなかった。
出口側から侵入した場合は階層主との戦闘はないと勘違いしていた。
僕と健司は大変不本意ではあるが階層主と対峙する事となったのである。
階層主は左右に体高0.5サートほどの立派な角付兜を被ったような水牛型の魔獣である兜水牛を二頭も従えた頭頂長0.75サートを超える二足歩行で筋骨逞しいの牛頭。ファンタジーでお馴染みの牛頭鬼である。両手持ちの巨大な鎚矛を持っている。あれだけで重さ96グローを超えるだろう。一発いいのを貰ったら挽肉より酷いことになりそうだ。
そして、随分と鼻息が荒い事で…………。
「先方は殺やる気満々だな」
同じように殺やる気満々な健司はと言えば三日月斧を構えなおしている。
律儀にこちらが武器を構えたのを見計らって兜水牛が突進してくる。魔獣らしくごく自然に魔戦技を用いて肉体能力を向上させ一気に突進の速度が最大となる。
重量1.44グランにもなる兜水牛の突進である。とてもじゃないが受けられないので大きく横っ飛びで回避する。
その時健司の叫びが聞こえたのでそちらに目をやれば回避し損ねて角で引っ掛けられ派手に転ばされていた。強固な鎧のお陰で打ち身以外の負傷はなさそうではある。
僕は転がった健司が起き上がる時間を確保するために光投剣を素早く二本投じる。
光投剣の射程距離は短いがその光の刃は短剣より殺傷力が高い。分厚い皮膚の兜水牛に突き刺さる。痛みで一瞬硬直した。
そのわずかな隙で転がる力を利用して健司は起き上がる。どうやらすれ違いざまに斬りつけるつもりだったようだが角の長さが想定以上だったようである。真横に長い角ではあるが頭を振っているので意外と避けにくい。
一方僕が回避した方の兜水牛は方向転換を終え再び突撃準備に入っていた。角を避けつつすれ違いざまに斬りつけるのは結構難易度が高そうである。
再び突撃してきた兜水牛に対して攻撃軌道を算出。動き出した直後には僕も回避行動に入っていた。
うちの流派に【飃眼】と呼ばれる見切りの技がある。これ相手の攻撃を見てからギリギリで避ける技ではなく、筋肉の動きや周囲の動きや空気の流れなどから高度な計算により先読みの技術である。人間様は生物としては雑魚過ぎるので見て判断して動くまでに一定の時間が必要であるし瞬時に一定距離を動けるほど強靭な肉体は持っていない。瞬時に音速並みの動きで動ければ見てから相手の攻撃を紙一重で避けられるかもしれないけど…………。
ほんの刹那の差が勝敗を分けるのが接近戦なのである。
兜水牛は予想通りの動きにギリギリで角の殺傷圏を避けつつ伸ばした僕の左手が牛の皮に触れる。
「発動。【昏倒の掌】」
すれ違いざまに僕の略式魔術が発動する。
体内保有万能素子が命令に従って高電圧を生み出しスタンガンのような効果を生み出す。
牛がビクリと震えるとどぅっと倒れる。肉体の電気信号が一時的に委縮して混乱したせいだ。自分より大きな相手であればこの効果は会心の一撃と言ってもいい。
即座に光剣を抜くと両足をざっくりと切り裂く。この一撃も致命傷である必要はない。かなり深手である。魔物は痛みに強いものが多いが筋や腱を痛めるレベルで傷を負えば話は別である。
戦闘力を奪ってしまえば脅威度は一気に下がる。そして僕は牛頭鬼へと向く。
僕的には兜水牛より牛頭鬼の方が楽だ。人型という事もありうちの流派での教えがほぼそのまま生かせるからだ。
魔法があろうが生物である以上は慣性とか質量の影響からは脱せない。可動域もかな。
雄叫びと共に走り出し巨大な大鎚矛を大きく振りかぶる。あれだけの重量を動かして状態が泳がないところを見ると牛頭鬼からすればまだ軽いほうの武器なのか。
関節が伸びたりしない限りどれほど柔軟な肉体だったとしても殺傷圏は把握した。
巨体故に小さな標的に対してはどうしても振り下ろし気味の攻撃となる。それ故に攻撃の軌道は読みやすい。
僕は光剣の出力を上げる。
躱しざまに攻撃軌道に置くように光剣を差し込むと狙いすましたように右の握り手がそこに来る。
血飛沫と悲鳴が上がる。
光剣は何の抵抗もなく指を切断していた。怒り狂って左手で巨大な大鎚矛を振り上げるが明らかに重量に対して力が足りていない。途端に慣性に負けて上体が泳ぐ。大型の武器の欠点は重い故に細かい制御が利かない事だ。
平衝を崩した相手に対して僕のやることは一つ。懐に入り込み右膝上に対して走りぬけ様に大きく斬り裂く。あれだけ巨体であると膝に掛かる負担は大きい。下半身が安定しないと高い打撃力は出せない。まずはそれを封じる。
後ろに回り込むと案の定というべきか向きを変えるのに難儀していた。牛頭鬼は潔いというべきか重たい大鎚矛を捨てた。もっとも素手や踏み付けでも人間如き雑魚は殺せるし油断はできない。
やはり魔物というべきか戦意自体は衰えていないようだ。右足は軸足としては使えない以上は一番の脅威は左腕による打ち下ろしの一撃だろう。頭の角? 高さが違いすぎてあんなのは脅威に入らない。寧ろ弱点でもある頭部を態々近づけてくれるとかどんなサービスだと問いたい。
意外なことに左脚を軸に使い物にならない右足で回し蹴りを繰り出してきた。躱しざまに大腿部あたりを大きく切り裂く。まずは確実に右足を使えなくする。そして僕は右側から回り込むようにまたしても牛頭鬼の後ろへと回り込む。
右足が使えない事で姿勢の変更に難儀しておりその隙に右足を切り刻み完全に使い物にならないようにする。
それが終わったので次の段階である。明らかに右足に力が入っていない。雄たけびを上げているが動こうともしないのだ。こうなってしまうと余程の舐めプでもしない限りまず攻撃は当たらないだろう。
遠距離からちまちまと攻撃するという手もあるけど流石に嬲るように殺すのは外聞が悪い。
一度距離を置き全体の様子を見る。
僕が転がした兜水牛はいつの間にか健司が止めを刺していた。もう一匹と対峙しているがそれも左角が根元から折れている。慢心しなければ左側から攻撃を続ければ健司の勝ちは確定であろう。
僕も決めに行く事にした。【疾脚】で一気に懐に飛び込み左薙ぎと見せかけ再び【疾脚】で左回りに牛頭鬼の右へと移動する。そして突き上げるように光剣を右の脇腹へと深々と突き刺す。これでほぼ決まったと思った。
だが流石は魔物というべきかほぼ使えない筈の右足を軸に身体を捻ると左腕を打ち下ろしてきた。
だけど遅い。
その大振りの一撃はバックステップで避ける。空を切った一撃で完全にバランスを崩し牛頭鬼は派手に転倒する。
出血もいとわず雄たけびを上げ近づくなと言わんばかりに大暴れを始めた。たしかにこれでは迂闊に近づけば殴られかねない。
のんびり力尽きるのを待つのも馬鹿らしいので[魔法の鞄]から機械式軽弩を取り出す。
じっくりと狙いを定め一射。
「お疲れ」
健司の方も片付いたようだ。近づいてきて拳を突き出す。
「お疲れ」
僕もそう返しお互いの拳を合わせる。
「マジで助かったわ。あの角の動きはちょっと分かりにくいな」
「そうは言っても角が伸びるとかでもなければ余裕をもって躱せば――――」
「いやいや、10.6ノードで突っ込んでくるミニバンたいな相手にそこまで冷静に対処できねーよ」
食い気味に返されてしまった。
「ま、それはいいや。万能素子結晶を回収してさっさとお宝見ようぜ」
健司はそう言うとさっさと万能素子結晶を回収して先ほど通ってきた報酬部屋へと向かう。
さて、何が出る事やら…………。
ブックマーク、評価、感想、誤字報告などありがとうございます。
貴重なお時間を使って報告していただき感謝に堪えません。
しかし更新ペースを上げるために1000文字程度で更新とかやろうとしても不思議と切りのいい場所にならないのはなんでだろう?
もっとも
読み取サイドからすると1000文字で戦闘とか次回へとされると興覚めかなとか思うのだよねぇ。




