55話 思わぬ出会い
三の刻に僕らは起きた。
起きたというか時計塔が三の刻に盛大に鐘を鳴らすのである。
いそいそと着替えて、よろず承り係に鍵を預けて板状型集合住宅を出る。
この世界は役人でもなければ朝は早い。この時間ともなると飲食店は開き、迷宮へと出向く冒険者たちが朝食を摂っている。
出遅れた僕らは混雑を避けるために屋台で鶏から揚げと甘藍を白麺麭挟んださしずめから揚げサンドのようなものと野菜の具沢山汁物を買い、広場のベンチに腰を下ろして堪能する。
「この町に滞在すると他の町へは行けなくなるって言ってたけど、わかるわー。食べ物がおいしすぎる。衛生面でも綺麗だし、住人もゴミのポイ捨てがないのよねぇ」
和花の言う通りなのだが、実はポイ捨てがないのは罰金刑があるからだ。完全武装の衛兵がそこかしこに歩いているし底辺層は犯罪者予備軍って認識なのかもしれない。
ただ衛生面では確かに優秀だ。上下水道もほぼ完備だし馬車の移動を禁じているので街路沿いに馬糞が散乱している事もない。ここでの荷物の移動は奴隷に荷車を曳かせているのである。
「さてっと。食べ終わったみたいだし行こうか?」
そう切り出してみて初めて気が付いた。
「君ら、それ何?」
和花と瑞穂が買った覚えのないものを食べているのである。
「あ、これ? 氷菓だよ。そこで売ってるんだけど、樹くん呼んでも返事なかったし…………もしかして食べたいの?」
氷菓、ざっくりいえばシャーベットないしソルベだった。確かに今はこの半島は夏だ。湿度が低いから日本帝国のようにジメジメした暑さはないとはいえ日中は30度を越える日が多い。売れるんだろうなー。よく見ればアイスクリームもあるようだが、一律で氷菓とされている。僕らのいた世界みたいに法律で分類分けとかはされていないようだ。
陶器の器に入った氷菓は小銀貨6枚とやや高いが器を返却すると小銀貨2枚戻ってくるらしい。
「いや、時間も勿体なし今度でいいよ」
名残惜しいがさっさと嫌な作業は済ませてしまいたい。
「仕方ないなー。はい、あーんして」
和花さも仕方ないと言わんばかりに匙をこちらに向けてくる。そこには氷菓が…………。
こちらの反応を楽しむようにニヤニヤとした和花の表情が地味にうざ可愛いのがむかつくがここは乗ってやろうじゃないか。
「あーん」
しゃぶり尽くしてやった。味は西瓜、すいか味だ。
「…………」
匙を見つめて顔を真っ赤にする和花を眺め勝ち誇っていると右から匙が付きだされた。瑞穂君もか…………。
「あーん」
抑揚のない声でそういって更に突き出してくる。
「あーん」
そういって口に含むと…………彌猴桃、キウイフルーツ味か。
この町は危ない。
食い物で人の心を繋ぎ止める魔力があるに違いない。ここである程度資金と実力を付けたら旅に出たかったけど、これは計画を練り直すべきだ。
瑞穂はというと珍しくニコニコと相好を崩していた。
「さて、行こう」
そう言って僕は立ち上がり、つられて和花と瑞穂も立ち上がる。
陶器を返却し4ガルド返金してもらい素早く周囲を窺う。
先ほどまで畏怖交じりでじろじろ見ていた不躾な視線が若干和らいだような気がした。
これは二人に感謝しないとね。
「二人ともありがとね」
「————美味しかった?」
「…………」
和花は僕の真意は伝わらなかったようだ。確かに氷菓は美味しかったけどね。
瑞穂はニコリと笑みを浮かべるだけだった。
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瑞穂を師匠に預けてきた。
てっきり顔を合わせたら昨夜の件で怒られると思ったのだが、何も言われなかった。知らないのだろうか? 却って気味が悪い。
「それじゃ、樹くん。私はこっちの区画を中心に動くから向こうの区画は宜しくね」
そういうと和花は僕の返事を待たずに手をひらひらさせつつ右の商業区画の方へと去っていった。
「仕方ないなー」
そうぼやいてみる。
本音を言えば和花一人だと何かあった時に対処できるのだろうかとか不安はある。
和花と反対方向へと歩きつつ路地をそれとなく見回す。
…………やっぱり結構いるね。
首から値札をぶら下げた日本帝国人。同じ学園島の住人だ。年齢は様々だが不思議なことに大人がいない。
「高屋! 高屋じゃないか!」
「水鏡先輩!?」
それ人は剣道部の主将であり十二年生の水鏡先輩であった。よく見ると値札が付いていないし武装している。
「先輩こそよくご無事で…………」
「ははは…………殆ど言葉も分からないし今も自由の身じゃないさ。戦闘奴隷って身分なんだよ。お前も恰好からすると同じか?」
水鏡先輩に自分の置かれた状況を説明した。
「————運が良かったんだな。でも俺はもう今の生活に馴染んじまった。学校で戦闘教練を受けてたのが役に立ってな。もう何人も仕事で殺したよ。罪悪感も感じねー。戻っても元の学生生活とか送れそうもねーし戻ったらたぶん国外に出て民間軍事会社に入る事になるだろうな」
僕らの世界では第4次世界大戦が終わり50年が過ぎたが未だに小競り合いが終わらない。国連も機能しておらず秩序などないようなモノである。
その後いくつか情報を収集して別れた。
まず先輩は日本帝国語しか出来ない。どういう訳か戦闘教練で習った日本帝国防衛軍の手信号がそこそこ通じるらしく高い戦闘能力と相まって戦闘奴隷として買われたらしい。買い戻す場合は金貨300枚必要になるそうだ。
戦闘奴隷と言っても自由時間はあるらしく暇なときはブラブラと散歩をしているそうだ。
とてもではないが金貨300枚とか用意はできない。
失意のまま奴隷商の店の扉をくぐる。
「おや、貴方は?」
そこに居たのは駅舎街で瑞穂を買い取った時の奴隷商だった。
「本日はどういったご用向きで」
彼にとっては奴隷から解放された瑞穂の動向とかは興味がないようだ。
「ここは奴隷の最終処分場だから安いと聞いた。ちょっと奴隷の数が欲しい。安い奴隷を見せて欲しい」
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