517話 試練の迷宮⑨
「開口部の方を調べよう。そちらの方が合流できそうだ」
僕はそう告げると壁面の開口部を丹念に調べ始める。瑞穂が居ない以上は僕が頑張らなければならない。完全武装の健司にはこの手の作業は向かない事もあり周囲の警戒に当たってもらう。
開口部のサイズは幅と高さが0.75サートあり自然物ではありえない奇麗な開口部である。奥へと続く通路も面一で磨かれておりは奇麗すぎるだ。迷宮の構造物なのだし当然と言えば当然ともいえる。
10フィート棒で周囲を突いても特に反応はない。【幻影】でも粘土状疑似生命体でもなさそうだ。
そして気になったのが風の流れだ。ほんの僅かであるが空気が外側へと動いておりどこかと繋がっているだろうと思う。
もしかしたらこっちが正規のルートだったのかもしれない。
「どうだった?」
警戒から戻ってきた健司が訪ねてきたので特に罠などはない事と上に繋がっているかもしれないと告げる。
「登攀で戻る事は出来ると思うか?」
健司は普段であればこんな問いは返してこない。何か警鐘を鳴らすようなことがあるのだろうか?
「登攀に関しては落ちてきた高さを考えると素人に毛の生えた程度の僕らがチャレンジするのは自殺行為だと思う」
崖は多少凹凸があるものの角度的には垂直に近い。崖に擬態した生物もいるし上まで登るのに何日必要になる事か。
「そうだよなぁ…………」
「何か虫の知らせでも? 普通に考えて登攀のリスクを選ぶってないと思うけど…………」
「…………いや、単に気の迷いかも」
そういう物言いをされてしまうと逆に気になってしまう。
「こんな事なら召喚魔術の習得を頑張っておくんだったなぁ…………」
僕は思わずそんな後悔を口にしてしまう。召喚魔術には特定の対象の魔術的座標を調べる【位置特定】、よく知る対象を強制的に召喚する【強制召喚】などがあった。
ま、後悔しても時間は戻ってこないので大人しく中へと入るとしよう。健司に中に入る事を促すと珍しく躊躇する。
「樹だけ飛んで戻ることは可能だろ? 俺はここで待つからよ…………」
健司が言うように【飛行】で僕ひとりだけ飛べば合流できる可能性は十分にある。ただしこの濃霧で視界が悪く和花たちを探すために滞空していれば間違いなく襲われるので選択肢にすらなかった。
そう言う理由で健司の案は否決された。
「なら、小鳥遊と連絡取れないのか? たしかなんか魔術あったよな?」
随分と必死だなぁ…………。たしかに【念話】やもっと下位の魔術はいくつかある。ところが通じないのである。
実はすでに試したことを話し妨害されている事を告げるとガックリと項垂れる。そこまで嫌がる理由が思い当たらないけど諦めろ。
鏡のように磨かれた通路を歩いていく。非常に滑りやすくここで戦闘を強いられると結構危険だ。健司はこれを懸念していたのだろうか?
足元に注意を払い一限も歩くと前方に両開き扉があり通路はそこで行き止まりであった。
扉の前まで移動し観察すると蝶番の形状から外開きの扉のようだけど肝心のドアノブが見当たらない。反対側からだけ開けられるタイプ、一方通行なのだろうか?
そう考えると僕らは正規の手段で来なかった事になる。どうやってこじ開けるか?
「壊せると思う?」
ダメ元で聞いてみたら無言で[魔法の鞄]から大鎚矛を取り出した。
軽く叩いた後こちらを見て肩をすくめてみせる。
「材質は分からないけどかなり分厚いな。いちおう試してみるか?」
そう言って大上段に構える。
「ちょっと待った」
僕はそう言って健司を止めると初めての魔術を試みる事にした。流石に普段使う予定のない呪句は覚えていないので[魔法の鞄]から呪文書を取り出し該当のページを開く。
「樹が呪文書開くとか珍しいな」
健司がそう言うくらいに僕らは呪句を暗記している。
「綴る、拡大、第四階梯、動の位、遠隔、制御、開閉物、限定、念動、発動。【|遠隔開閉《リモート・イアヌア】」
呪句を唱え魔術の完成と共に意識を集中する。見えざる手が伸び扉に触れると重そうな両開き扉がゆっくりと開いていく。
「鍵が掛かってなくて良かったよ」
僕は集中を解くとそう口にしホッと一息つく。
「おつかれ。ところで呪的資源は大丈夫なのか?」
「流石にそろそろ考えて使わないとマズいかもね」
そう答えて健司と共に扉の先を見に歩き出す。
「ここは…………アレだよな?」
「そうだね。階層主を倒した後の報酬部屋だね」
そこは何度か見た部屋であった。そして向かいの壁には両開き扉がある。あの奥が階層主の部屋だろう。
迷宮は報酬部屋からでも階層主の部屋に侵入可能なのでこちらから攻略するのもアリだ。
「って事は俺らが倒したやつは?」
「恐らくだけど二連戦とかじゃないのかな? それか崖からショートカットしてきた奴対策? ま~吊り橋の向こうに報酬があったかもね」
もっとも今から行って確認する気もない。
「僕らで倒してしまう?」
先ほどの階層主たる鷲頭獅子を倒した事で自分でもはっきりわかるくらいに気が大きくなっている。
「まずは部屋の中を見てみよう。それからでも遅くないでしょ?」
僕はそう言うと扉を開ける。
そこは薄暗い部屋だった。
一辺5サートほどの部屋で向かいの壁に両開き扉が見える。
「何もいない?」
何かしら居るはずなのだけど見当たらない。 実はもう和花らが倒して先に進んでしまったのだろうか?
振り返って報酬部屋を確認すると収納箱はまだ開いていない。
という事は何処かに居るのだ。
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