515話 階層主との戦い①
明けましておめでとうございます。
よろしければ本年もお付き合いください。
健司を救出すべく崖からダイブした僕は即座に詠唱に入る。
「綴る、八大、第五階梯、動の位、重力、解放、疾駆、発動。【飛行】」
落下中であったが魔術は完成し【飛行】が発動する。一気に加速して落下しつづける健司の側面に移動し速度を合わせる。
「おい!――――」
健司が何か言いかけたが強引に壁面に向かって押し付ける。壁面をこすりながら徐々に減速していく。健司の全身甲冑はこの世で最も硬い神覇鉱製だからこそできた強引な手段である。最もどれほど硬い装甲でも衝撃を吸収する能力には限度があり凹凸を通過するたびに苦悶の声を上げる。
彼には悪いけど【飛行】の魔法では健司を支えて飛ぶこともできない。かといっていつ地面に激突するか分からない状況では安易に【落下制御】や【軟着陸】は怖くて使えない。効果を発揮する前に地面にダイブとかあり得るからだ。とりあえず減速させて状況を確認したい。
かなり減速したがそれでも時速換算で20キロくらいは出ている。恐らくこの辺りが限度であろう。気持ち的にも余裕が出来たので下を確認する。まだ地面は見えない。
「綴る、八大、第四階梯、付の位、引力、作用、制御、発動。【落下制御】」
本来魔術は何かを行うついでに発動させられるほど便利なものではない。術式の脳内構築に多くの脳の処理能力を割くからだ。失敗を覚悟していた。
予想通り詠唱が終わったものの効果が発揮している感じはない。健司が抵抗した形跡もない。
「ダメか…………。覚悟を決めてくれ」
「おい、どういう――――」
言うだけ言うと健司を支えるのをやめた。再び加速していく健司に再び【落下制御】をかける。
ほどなくして減速していった。発動して健司に操作権限が行き渡ったのだ。
「助かったけど、流石に肝を冷やしたぞ」
健司が文句を言ってくるがあれしか手段がなかったのだ。とりあえず効果時間は一限あるのでそれまでに地面に着地できればいい。
安心したので次の詠唱に入る。明かりが欲しいのだ。
「綴る、八大、第一階梯、彩の位、光、白光、輝き、発動、【光源】」
魔術の完成と共に腰に吊るした光剣の柄が白い光を放つ。
「先に地面の位置を確認してくる」
そう告げて速度を上げて降下する。
飛び降りてからどれくらい落ちただろうか?
時間としては五分の一限くらいだろうか?
程なくして霧の中から地面が見えて来た。
「健司! 地面が見えた」
そう言って光剣を大きく振る。明かりを目指して降りてこられるようにだ。だが紐なしバンジーから解放された事で気が緩んだのか敵の存在を失念していた。
気が付いた時には巨体が上から迫っていた。光剣の明かりに釣られたのだろう。
回避できたのは奇跡であった。マイクロバスほどの巨体が通過していく。僕も姿勢を直して慌てて降下する。空中戦は分が悪いからだ。
地に足が付くのと僕を襲って来たものが振り返り僕を見つけたのは同時だった。マイクロバスほどあるそいつの姿は鷲の半身と翼、獅子の下半身を持つ鷲頭獅子であった。前肢の鉤爪とかまともにもらえば人間の腕など軽く斬り落とせるだろう。特に僕は流派的にやや軽装である。うちの流派は対人特化なのでこの手の巨獣は苦手である。攻撃手段を脳内で模索していると先に動き出したのは鷲頭獅子の方であった。
ひとっ走りで距離を詰め右の前肢を振り下ろす。これで地面に叩きつける気だ。ここで後ろに引くと左の前肢の追撃にやられると判断し鉤爪を避けた瞬間、大きく踏み込み光剣を一振り。
羽毛と血飛沫が舞い鷲頭獅子の悲鳴が木霊する。だが見た目ほど有効打ではない。ゲームじゃあるまいし片手剣で巨獣相手に有効な一撃なんて出るはずもない。出血を強いて倒すくらいしか手段がない。せめて大型の武器を自由に振り回せるくらいの体躯であればとこういう時はいつも思う。
ない物強請りしても現実は変わらないので一旦鷲頭獅子から距離を取る。近寄れば有利に思えるがあの巨躯である。巻き込まれ体当たりで轢かれるのがオチである。攻撃を躱すにしてもある程度相手の挙動を知る必要がある。
先方も地上戦は危険と思ったのか翼をはためかせると飛び上がった。これは急降下攻撃をするつもりだ。
あれほどの巨体で上空から襲い掛かられると回避スペースも限られるし実は一番困る。これがゲームなら対抗攻撃で余裕とかなりそうだが、質量の差は絶対である。普通にこちらが大ダメージを負う。
大型の生物との対決での怖いところは移動範囲に巻き込まれる形の轢き逃げ攻撃である。
僕は光剣を投げ捨てた。
そして鷲頭獅子に視線が逸れた隙に[魔法の鞄]から一振りの得物を取り出す。
それを両手で持つと詠唱に入る。
「綴る、八大、第二階梯、付の位、火炎、増強、炎撃、対象、発動。【火炎付与】」
詠唱の完了と共に得物から炎が吹き上がる。
僕が選んだ得物は{三角穂長槍であった。
滞空する鷲頭獅子に穂先を突き付けると警戒するように滞空を続ける。対空攻撃ならやはり槍である。付け焼刃ではあるが槍を使う武技である[紅桜槍術]を習ったのだ。まだ初伝だが剣よりはマシである。
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