表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/678

54話 意外な訪問者

 帰宅してみると瑞穂(みずほ)は待ちくたびれてたのか座卓に突っ伏して寝ていた。


 声をかけ少し揺すってやるとようやく目を覚ます。

「あ、(いつき)兄さん。おかえり」

 眠たげな眼をしつついつも通りの平坦な口調だった。

「眠いなら隣の寝室で寝なさい。好きな場所選んでいいから」

 そう瑞穂(みずほ)に言い寝室代わりに使う部屋への扉を開けてやる。

 トボトボと眠たげな足取りで右にある二段ベッドの上段へと上がっていった。


「おやすみ」

 そう聞こえた気がした。



「それじゃ、先に着替えちゃってよ。僕は廊下に出てるから終わったら呼んで」

 そういって出ていこうとすると左手を掴まれた。

「そういうのはいいよ。これから毎日なんだし。だいたい外で寝泊まりするときはそんな事しないじゃないの」

 そう言って怒るのだった。 

 そりゃ確かにそうだけど…………。


 そんな些細なことは気にしてないと言わんばかりに和花(のどか)外套(マント)を羽織ってからゴソゴソと着替え始めた。見ないように振り向いたが正直見えないことで衣擦れの音が余計な想像力を掻き立てて————。


 着替え終わり施錠もしてひと段落したのちに座卓を挟んで僕と和花(のどか)は座り込む。


「ところでもうすぐ元の世界に帰れる訳だけど、ほんとーに残留でいいの? 家が恋しいとか、元の生活レベルが愛おしいとかないの?」

 最終確認って意味だろうけど和花(のどか)が聞いてくる。

「いや、男の僕より女の和花(のどか)の方がこっちだと大変だと思うけど後悔はないの?」

 女性の社会進出も少なく、底辺層の住人はナチュラルに男尊女卑な傾向にある。

 質問に質問で返すのはちょっとアレだが、僕の意志は決まっている。

「僕はもちろん帰らない。ここでやる事もできたからね」

 何年かかかってもみんなを元の世界に戻してあげたい。もちろんその間に死んでしまう人もいるかもしれないがそれでも帰せるだけ帰したい。

「でも、それだと力がいるね。財力とか人望とか武力とか」

「わかっている。そ————」


「————力が欲しいのか?」


 その声は唐突に聞こえた。

「誰?」

 僕と和花(のどか)は声の主を探す為キョロキョロと周囲を見回す。だがここは僅かな家具のみが配置された殺風景な居間(リビング)だ。


「————力が欲しいのか?」

 それは半透明な青年だった。

「力は欲しいが、それは自らの努力で掴むもので誰かから与えてもらうものじゃない! 確かに力は欲しい。だが与える側は無償で与えるはずもないし、それに…………借り物の力で何かを成し遂げても…………一時は(ラリ)って高揚するだろうが最後は虚しくなって終わりだろう。僕は自分にできることを自分のできる範囲でやる。だからお前に用はない!」

 そう言い切った。


「————面白いやつだな。気に入った」

 半透明の青年はそう言うと何かを僕の足元に放った。だが僕は警戒してそれを確認しない。ただ半透明の青年の挙動を観察するだけだ。


「それを受け取っても何かを強要するつもりはない。楽しませてくれた礼だよ。素直に受け取り給え」

 半透明の青年に悪意とかは感じなかった。

 チラリと横目で和花(のどか)を見ると目が合った。彼女は無言で頷く。

 視線を足元へと移すとそこには封をした小袋があった。


「これは?」

 視線を半透明の青年に戻しそう尋ねた。


「なに、ただの護符(タリスマン)だよ」

 半透明の青年はそう言った後、こう付け加えた。

「身に着けていればいい事もあるさ。では私は消えるとしよう。貴公の判断に敬意を表する、再会の日まで壮健なれ」

 そう告げると霞のように薄れていき消えていった。

「いったい何者なんだろうね? でも再会の日まで壮健なれって…………また来るって事?」

 和花(のどか)は、うへーって顔をしかめる。

「ホント何者なんだろうね? とにかく明日師匠に聞いてみるか」

 面倒そうなんで出来ればもう関わりたくはないけどね。

 それにしても護符(タリスマン)…………お守りか。


「そういえばどこまで話したっけ?」

 ひとしきり思案した後、ふと話が途中だったことに思い至った。

「要約すると何をするにも力がいるねって話だったかと」

 そんな感じだった気がする。


「それは置いといて、それより瑞穂(みずほ)は何で帰らない訳?」

 あえて話題を変えてみた。

瑞穂(みずほ)ちゃんが、尊敬(そんけー)する(いつき)兄さんを放って帰るわけないでしょ?」

 冗談めかした口調で、そんなの当然じゃんと言わんばかりの回答だった。

「なになに? 帰ってほしいの? もしかしてお邪魔?」

 ニマニマしながら聞いてくる和花(のどか)がウザ可愛いがそれは口にしない。しかし尊敬ねぇ…………。


 正直言うと和花(のどか)とこんなやり取りをする日が来るとは想像してなかった。


「ねぇ? (いつき)くん。聞いてる?」

 思案に耽っていて和花(のどか)の話を全く聞いていなかった。

「ごめん。考え込んじゃって聞いていなかったよ」

「仕方ないなぁ」

 呆れられてしまった。

「明日の話だよ。瑞穂(みずほ)ちゃんを先生の所に送り届けた後、個別で買い取り交渉でいいんだよねって話」

 あー明日の予定か。

「うん。それで問題ないかな」

 問題は手持ちの資金でどれだけの人数を身請けできるかだね。大量に買い付けている人が居る事が奴隷商人(スクラブ・ディーラー)達に知れたら途端に値を吊り上げられてしまう。初日が勝負かな?


「また話を聞いてない」

 頬を抓られた痛みで思案から戻ってきた。頬を膨らませて怒っている表情かおも可愛いなぁ。

 まー和花(のどか)との事は焦っても仕方ないさ。


「もう遅いし寝ましょうか」

 和花(のどか)はそう言うと立ち上がり寝室へと歩いていく。

消灯(ンディゼット)

 天井にある魔法の照明に対して命令(コマンド)を発すると一呼吸後に居間(リビング)から明かりが消えた。

 月明りが差し込む寝室は部屋の左右に二段ベッドを置いてある。右の上段は瑞穂(みずほ)が寝ている。僕はどこで寝るかな?


 驚いたことにこの板状型集合住宅(マンション)はガラス窓が標準装備なのである。もっとも技術的に薄い透明な板ガラスは品質管理が厳しく大量生産できないそうだ。ここのガラスはかなり厚みがある曇りガラスである。

 視線を感じてそちらを見ると月明りに照らされた和花(のどか)が僕を見ていた。

(いつき)くんが先に決めていいよ」

 残り三つのベッドのどれを使うかという話だ。

「では遠慮くなく」

 そう言うと左側の二段ベッドの下段にゴロリと横になった。藁の敷き布団じゃない事にちょっと感動を覚えた。


「それじゃ、私は上使うね」

 そういって梯子を上がっていく。和花(のどか)の部屋着は丈の短い筒型衣(チュニック)なんで生足が悩ましい…………。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ