53話 誰が倒したの?
後頭部の柔らかな感触に違和感を覚えて目を開くと涙ぐんだ和花が僕を覗き込んでいた。
「よかった。和花は無事だったんだ」
取り敢えずホッとした。
動かなかったから心配だったが無事のようだ…………ん? 無事?
あれ? そう言えば全身を襲う痛みがない。
首を動かし状態を確認する。どうやら和花に膝枕されていたようだ。
「僕は死んだんじゃないの?」
「マリアちゃんの奇跡が間に合ったんだよ」
なんでここにマリアベルデさんが?
上体を起こして和花が見ている方を見ると、純白の長衣を身に纏う腰まで届く綺麗な銀髪の少女は確かにマリアベルデさんだ。その神秘的な紫水晶のような瞳が僕と目が合うとお辞儀をする。
「樹さん。今回も何とか間に合いましたけど…………。まーなんにしても死なずに済んで良かったです」
そう言ってニコリと笑みを浮かべる。この笑顔だけで癒されそうだ。
「大まかな経緯は和花さんに聞いたのですが正直に言えば無謀すぎですよ」
ちょっと怒ったような表情でそう言う。怒った表情も素敵だ。
「私も樹くんも治癒の奇跡があと少し遅かったら助からなかったって」
和花も反省しているのか声に覇気がない。
やはり僕らの行為は無謀だったのか。たしかに無策ではあった。慢心かねぇ?
あれ? そういえばあの魔術師は誰が倒したんだろう? マリアベルデさんかな?
「ホント何度も助けて貰って…………なんとお礼をしていいのやら…………。ところで、そこの魔術師は誰が倒したんですか?」
それが気になる。
「あれ? 樹くんが倒したんじゃないの?」
当然だが和花は気を失っていたから見ていない。
気になって首なしの死体を確認しに行くと————。
「……切断面が綺麗すぎる。まるで鋭利な刃物で一瞬で断ち切ったような感じだ…………」
僕の安物の片手半剣ではこうはいかない。この武器は斬るというより重さで割裂くと表現するような切り口になるはずだ。だがこの魔術師のソレはまるで達人が打刀で断ち切ったように綺麗なのである。
「私が来た時には首だけ何処かに持ち去られた遺体があっただけなの」
僕が遺体を気にしているのを見取ってマリアベルデさんがそう告げてきた。実際のところ僕らはどれくらい気を失っていたんだろうか?
最初は師匠かと思ったけど、仮に師匠だとすると今頃は正座させられて説教コースだろうし…………。
【魔力斬】の魔術でもここまでにはならない。他に該当しそうな魔術と言えば…………。
「ん~、この痕跡だと【風斧斬】の魔術かな? もうひとつ【水斧斬】があるけど、あれは痕跡が残るしなー。それとも最近噂になってる真空の刃で相手を切り裂く剣士がいるって話を聞いたけどその人かしら?」
真空の刃かー。武技使いって可能性もあったな。
「でもなぜ首だけ?」
思わず疑問を口にしてしまう。
「死者の脳から情報を引き出す魔術がありますから多分その為かと?」
確かに頭部だけ運んだほうが楽ではあるな。でも誰だったんだろうなぁ? そして僕はあれこれと思案しだす。
「そういえばマリアちゃんは何でここに来たの?」
和花がそんな事を聞いた。僕もそれは気にしていた。
「ん~。依頼でここに踏み込む予定だった冒険者の一党に回復役が居なかったから臨時で同伴しただけなの」
偶然だったのか。
▲△▲△▲△▲△▲△▲
館を出ると5人のむさ苦しいおっさん達とその後ろに外套を羽織っただけの女性が5人出迎えてくれた。
「お嬢ちゃん。手伝いありがとうな。これはお礼だ」
そういうと一党の代表っぽいおっさんがマリアベルデさんに小袋を渡そうとする。
「いえ、おかげで知人を助けられましたし、そのお金で今日は呑んでください」
マリアベルデさんはそう言って手伝いの報酬の受け取り拒否する。
「そうかい? いや、悪いなぁ。それじゃ俺らは被害女性を送ってから組合に報告しに戻るわ」
今日は宴会だと笑いながらおっさん達は去っていくのを僕らは見送った。
「それじゃ私たちも帰りましょうか」
薄暗い住宅街をマリアベルデさんはさっさと大通りへと歩き出す。
「あ、流石に暗くて歩きにくいね」
そう言うと左手を掲げて、
「光の精霊よ。おいで」
そう紡ぐと頭上に光の球が出現する。白く柔らかい光が周囲を照らす。
珍しいものを見た。光の精霊の事ではない。
師匠の話では奇跡が使える者は精霊との相性が良くないらしく奇跡と精霊魔法が同時に使える人というのは非常に稀有な存在らしい。
八半刻ほど歩き住宅街を抜けるとマリアベルデさんは光の精霊を送還する。ここからは店が連なりそれなりに明るい為だ。
「私はこっちですけど、樹さん達はどちらです?」
マリアベルデさんは右の街路を指しつつ聞いてきた。残念ここでお別れか。
「私たちは左なんです。暫くこの街に居るので今度食事でも行きましょうね」
和花が僕の代わりにそう答える。ちょっと別のものに気をとられていたので助かった。
改めてお礼を述べマリベルデさんが去っていくの見送る。
彼女の小さなから身体ははすぐに人ごみに紛れてしまった。
「あ! 何処に泊まってるか聞くの忘れたよー」
マリアベルデさんの小さな後姿が人込みで見えなくなってから二人して気がついた。
「あの人目立つしそのうち逢えるかな?」
和花がそんな事を呟いているがそれどころじゃない。
「和花。あれ見て」
僕は左の街路にいるボロを纏った三人組の男を指差す。
「あの二人は名前は知らないけど同じ学校の人だよね?」
ボロを纏った二人の男は名前は覚えていないけど一緒にこの世界に飛ばされたときに居たふたりだ。十一年生だった筈だ。もう一人は心当たりがない。
二人の男がこちらに気が付き驚愕の表情をしている。
「お前ら生きてたのかよ!」
そう叫ぶとこちらに走ってきた。
「藤堂の奴がお前らが殺されたから、あの村は危険だってみんなで逃げ出したんだけど、途中で軍資金とか食料を全部持って何処に消えちまったんだよ。言葉も通じないし気が付いたら奴隷にされてこの様だよ」
「なぁ。お前らは奴隷じゃないっぽいしなんか良いもの着ているし金あるんだろう? それなら助けてくれよ」
もう一人がこちらの反応を窺うように頼み込んできているが僕らでどうにか出来るものでもない。その後もあれこれと愚痴が続く。いい加減去りたい。
和花が袖を引っ張って来て耳元に口を寄せて小声で、
「瑞穂ちゃんを長い事待たせているしもう行こうよ」
そう言って僕の手を握りしめ先に行こうとする。
「見せ付けやがって!」
「人でなし!」
その後も罵詈雑言が続いたが二人して無視を続けた。正直なところ買い取ってあげたかったのだが、どうも今はそんな気分になれなかった。
ま、明日買い取ればいいよね。
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