495話 彼らの信じる神とは
「結社でも噂には聞いていた。流石の実力だ。俺の負けだ。以後はあんたに服従する」
練習用の武器でなければ確実に首が飛んでいた。流石にクロガーもそれが理解できたのか大人しく敗北を認めたのである。
「いや、服従とか――――」
そう言いかけたのを止めたのはアドリアンであった。
「あいつら豚鬼社会は弱肉強食で強者に従うのが普通なんだよ。高屋の言いたいことは理解できるが、そう簡単にこれまでの習慣は変えられないぞ。それに命令する側が配慮すればいいだけの話だ」
「わかった。ところでだ…………」
声音を変えてアドリアンに問おうとすると勘付いたようで先に切り出してきた。
「どうだい。あいつは結社でも指折りの猛者だったんだぜ」
アドリアンがニヤリと笑みを浮かべつつそんな事を言い出した。おい、何度か死を覚悟したぞ…………。
「正直言えば実力なら魔法ナシでなら共同体なら五指に入るよ」
順位はともかく強さでいえばフリューゲル師、竜人族のガナン、雲龍三等陸佐、クロガー、そして僕かな。
「魔法アリなら?」
「それでも十指には入る」
魔法アリにすると和花がランクインしてくる。魔術の複数制御、並列起動とかなりのチートぶりである。ちなみに瑞穂は[魔法の武器]と鋼刃糸がないとランク外である。あの身体の小ささが仇になるのである。対人戦に限ればフル装備だと手に負えなくなる。
因みに魔法アリにするとフリューゲル師が圧倒的である。控えめに言っても化け物だ。【天位】とは何なのかと問いたくなる。
「それなら強引に結社の拠点から連れて来た甲斐があったな。本当のことを言うと半豚鬼らは見捨てろと言う意見が多かったんだよ」
アドリアンの言葉にそうだろうねと思った。そこそこ女性も居たし誰しも歩く性犯罪者みたいな種族と一緒に行動したいと思う人は居まい。
「もしかして彼らの立ち位置を確保するためにこの立ち合いを?」
僕のイメージにある闇森霊族ってすっごい自己中で邪悪って印象だったのだが…………。そのあたりの感情がにじみ出ていたのに気が付いたようだ。
「お前には借りもあるし戦力は多くても困らないだろう?」
「借りかどうかは兎も角として確かに戦力は欲しいね」
「それにほぼ当代のみの種族とはいえ最後くらいは希望を持たせたいと思うのはそんなにおかしいか?」
「もっと自己中心的というか…………」
「間違ってはいない。俺ら闇森霊族が信じる神は始祖神、精霊神、自由の女神だけだ」
始祖神は世界を生み出した最古の神として言われている。精霊神は妖精族らの生みの親だという。そして黒の神の権能の一部を引き継いだ自由の女神は『己の欲求に忠実であれ』という言葉に象徴されている。ただし自己責任という但し書きが付く。欲望を否定し制限を課し可能性を閉じる事は悪であると断じるのである。
それ故か自由の女神の信奉者は法律や規制を侮蔑しており、それを破る事に倫理的な禁忌を覚えない。従って容易に犯罪に走り反社会的な存在とある。
勘違いされがちなのは人助けをしたいと望む心情も本意であれば肯定されることだ。
「なるほどね…………。それだと集団として纏まらないんじゃないか?」
「我々は獣じゃない。自由であれと共に理知的であれとも神は言う。自らの行為の結果を想像しろという事だな。欲に忠実に従った結果が『死』だとしてそれを恐れ抑制する事も正しいのさ」
なかなか便利な教義だなぁ。いわゆる光の神々の信者の教義を杓子定規に信奉する者にとっては確かに邪悪な存在だな。そうなると…………。
「お前は思いが表情にでるし感情の精霊らが揺らぐから分かりやすいな」
「そんなに?」
「法の神の審議官と揉める事を懸念しているんだろう?」
なんでバレるんだろうなぁ…………。とか思っていると続きがあった。
「彼女は理知的だし、俺らも彼女と揉めて被る不利益を良しとしない。故に揉めないから安心しろ」
ま、彼らの考え方は理解できた。こっちの世界の人って結局のところはよく分からないから怖い。なら排斥だって短絡過ぎなんだよねぇ。そりゃ争いはなくならないわ。
「視察も終わったし僕は仕事に戻るよ。地霊族らには言っておくんで早いうちに武具を拵えてやってくれ」
そう告げると次の視察場所へと向かう事にした。
ブックマーク、評価、感想、誤字報告などありがとうございます。
やはり仕事の片手間に執筆してるからだろうか?
誤字脱字がなくならないなぁ。




