494話 傑物
途中で分割できなくて約三話分の文章量となってしまった。
師匠が帰るのを見送った僕は問題を先送りにすることにした。どのみち迷宮の同時攻略が終わらなければゆっくりする暇もないのだ。
帰り際にメイザン司教に50ディゴの魔光石の原石を探して欲しいと頼んでおく。流石に希少価値をご存じで、「それは難しいのでは?」と言われた。
しかし欲しいのはカット済のモノでなく原石なので探せば見つかりそうなものだと思っている。原石さえあれば自動工場で加工すれば済む。万能素子から生み出すには莫大なコストがかかるけど原料さえあれば加工そのものは低コストなのだ。
頼みだけ頼んだ後は急いで例の島に戻りアドリアンに会いに行く。半豚鬼との連帯がどのようなものか気になったのである。
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遠目から【千里眼】を唱えて視力を増強してから観察する。
連帯訓練は普通の戦闘訓練のように見えた。あまり覇気のない半豚鬼の中に一人だけ異質の存在が居た事だ。受入れ当初は面倒な存在だと関心がなかった事もあり集団の構成には関心がなかったのだ。
改め注目するとの異質の存在は明らかに他の半豚鬼にはない覇気があり強面ではあるが整った容姿であった。彼らの容姿は人間視点で見るとあまり整っているように見えないのが普通だ。混血化の際に良いところだけ集まったのだろうか?
あれだと人間社会でも強面好きにはそこそこモテそうである。
それにしても纏う雰囲気が他の半豚鬼とは段違いである。彼らは出生と種族特性のせいか体格は大きいが残念な豚鬼の奴隷として玩具にされることもしばしばあり周囲を気にしてビクビクするような存在であったがその男は野生の狼を思わせた。
「あれくらいの傑物なら多少の欠点は目を瞑っても良いかもしれないなぁ…………」
思わずそんな事を漏らしてしまうくらいには傑物だ。恐らく他人事だと思ってるからだろう。和花ら女性陣に聞かれたら怒られそうだ。なので今の思いは墓場まで持っていこう。
打たれ強さといい戦闘技術といい一流と呼ぶに相応しい。これは実際に側で拝んでみる事にしよう。
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「どうだい?」
訓練を指揮している闇森霊族のアドリアンに声をかける。
「どうもこうも――――」
「あんたが俺らの新しい飼い主か?」
アドリアンの声に被せるように覇気溢れる半豚鬼が問うた。こいつ…………イケボだ。
取りあえず頷いておく。
そいつはフリューゲル師よりは小柄ではあるが健司以上に大柄である。0.5サート近くありそうだ。そして面構えからして他の半豚鬼どもとは違う。強面という事もあり威圧感が凄い。
「やることやれば我々の待遇を変えてくれるというのは本当か?」
「そうだよ」
彼らに関しては制限の緩和でやる気を促そうという話で纏まっているので正直に答える。
「ならまずは俺用に特注した装備を誂えてくれ」
そう来ましたか。わざわざ特注品を求めるという事は自分の技量にそれなりに自信があるのだろう。
「なら君の、あぁ…………そう言えば名前は?」
半豚鬼に興味がなかった事もあり名前すら知らなかったのを思い出した。
「俺らは豚鬼と結社の奴隷だったから名前はない。
「今までは何て?」
隣に居たアドリアンにそう尋ねた。
「オイとかオマエとかだな。あとは番号か」
実に不便な話だね。
「奴隷への命令は主人格が直接行うのが結社の流儀だったからな」
逆らえない相手に高圧的に直接命令する事で相手を支配している気になっているのだろうか? だとすれば結社の構成員の人間性がよく分かる。
「それなら僕が名前を付けてもいいかい?」
「お前が首領なのだから好きにしろ」
ぶっきらぼうにそう答えるものの何かに期待しているような雰囲気があった。
さて、なんて名前にするか? やはり見た目から採用するか。
「勇ましき者とかどう?」
下位古代語で優秀な戦士などに送られる称号だった言葉だ。
「…………それでいい。俺は今日からクロガーだ」
バス特有の低く響くような重厚感のある良い声でそう宣言した。
「名前が決まったところでやはり首領としては実力を見たいよな?」
アドリアンが試してみるかと問う。こいつなんか企んでいる? とはいえ確かに実力の程を直接肌で感じてみるのもいいかもしれない。
「クロガーは得物はそれでいいかい?」
彼の持つ得物は{三角穂長槍であった。ただし彼の体躯に合わせたのか柄も長く刃も肉厚である。訓練用ではあるがまともに喰らったら致命傷を負いかねない。
基本的に鍛えられた戦士が使いこなせる両手持ちの武器の最大重量は自重の一割と言われている。体躯が大きく膂力に優れる豚鬼が脅威なのもそのあたりにある。ただし重いと初動が遅くなり懐に入られるのである限界重量ギリギリの武器を使用する者は少ない。
2.5サートほど空けて対峙すると彼の巨体ぶりと長さ62.5サルトある{三角穂長槍の長さが嫌でも実感できる。
パルチザン。某仏国の農民ゲリラが語源だが、こちらの世界のは形状こそ同じだが恐らく並行世界の某国の人が異邦人として呼ばれた際に広めたのだろうか?
武器の特性としては槍のように突くこともできるが長柄斧のように斬る事も出来る武器である。使い手に高い技量を要求しないのが特長だ。その分素体の能力次第では厄介である。
そしてクロガーの構えだが長物使いの基本である左前半身構えだ。剣術使い対策なら本来は待ちの姿勢で右前半身の構えである。知識がないのか初撃に強烈な刺突を繰り出すつもりなのか?
あれを搔い潜って攻撃当てるのかって思うと嫌な気分になる。
ゲームだと長物の武器って冷遇されているせいか懐に入れば大したことないだろうとか友人たちが話していたのを思い出したけど、恐らく集団戦の対騎兵用長槍などのイメージが定着しているのではと思う。対人戦の場合その得物の長さを掻い潜るのも大変だし突き以外にも柄の持ち手の位置を変えての変幻自在な距離感とその質量と回転運動による攻防など攻撃バリエーションは多岐にわたる
。
「今からこの石を放るんで地面に落ちたら開始だ」
アドリアンがそう宣言し僕らが聞いていたのを確認した後に石を放る。
石が地面に着いた瞬間、クロガーが爆発的勢いで間合いを詰めて来た。そのまま捻りを加えた刺突を繰り出す。武器の形状的に受流しである【刀撥】は使えないと瞬時判断し鍔元で刺突を受けたタイミングで後方へと跳ぶ。【空身】である。着地した際に理解した。威力を殺したはずなのに手が痺れている。練習用武器で威力を魔法で殺してさえこの威力である。これ練習試合でも喰らえば死ぬぞ。
「チッ」
仕留めきれなかったのが悔しかったのかクロガーが舌打ちをする。そして形勢はクロガー優位のまま時間が過ぎていく。幅の広い三角形の穂先は形状的に見誤りやすく見切り技である【飃眼】もあまり使えない。得意戦術が封じられているに等しいのだ。
しかも体力も無尽蔵なのか攻撃の手が止まらない。長柄武器による大きな回転運動や重量による打撃や斬撃は遠心力や重力の活用によりその破壊力は凄まじく躱すたびにヒヤリとする。
間合が空いている事もあり残像を斬らせる【残身】も見破られやすい。そもそも人間如きが残像を見せられるほどの動きなどできないのだ。距離が離れると視野が広がり目の錯覚を利用するこの手の技は使えなくなる。明らかに武技使いとの戦いを熟知している。
こいつは事前にアドリアンと企んでいたな。
こうなってくると反撃できるチャンスは恐らく少ない。ここぞというタイミングまで攻撃を躱す事に集中しなければならない。
その時は近づきつつあった。やはりいくら体力お化けでも重い武器を延々と振り回すことは叶わない。僅かずつだが切り返しなどで遅れが目立つようになった。とはいえそれは回避に専念している僕にも言える事であった。
そしてその時はきた。
回転運動からの流れを強引に刺突に切り替えたのである。急激な攻撃パターンの変化を狙った牽制のつもりだろう。だけど僕はこれを待っていた。
牽制のつもりの刺突を踏み込みつつ裏拳を放つ要領で円運動で避ける。一度相手に背を見せる事になるが既に殺傷圏から外れている。そのまま左片手薙ぎがクロガーの首筋に入った。[飃雷剣術]中伝技【飃】の変形技である対長物用の技である【|飃巻閃《ふうかんせん】が決まったのであった。
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