493話 きわめて個人的な相談
防諜対策が施された会議室に場を移した。
まずは当たり障りない話から始めて健司の女性関係の話へと振り本題へと入る。
「師匠に質問なのですが、メフィリアさん以外のお相手を増やそうと思う事はあります?」
「藪から棒になんだよ。あるわけないだろ。そもそも必要を感じないしな。ん? …………話の流れから察するに相談事は断罪の聖女の件か」
どうだと言わんばかりに反された。
なんでわかったんだよ!
「樹にとって何が障害なんだ? 複数の女性と結婚する事か? しかし武家社会だと普通だったよな?」
確かに父も兄も複数の女性を娶っている。
「そもそもこっちじゃ金があるなら何の問題もない。ただ嫌われるのは性欲処理やコレクション感覚で女性を侍らす事だな」
結婚した女性は住宅の主、判りやすく言えば企業の社長である。家の管理を任され旦那の仕事の補助をする。富裕層だとお茶会などは情報収集やコネの会得といった行為だ。あれは遊んでいるわけではない。立派な仕事なのである。また富裕層は贅沢をしているように見えるがあれは経済を回す為であり金があることを示すことで雇用人らに安心感を与える為でもある。そのせいか守銭奴は非常に嫌われる。
基本的には複数妻が居るとそれぞれに家を与える。たとえ妻同士が仲良くてもだ。これは使用人の為だ。組織の長が複数いてそれぞれ別々の命令を下したら使われる側としてはどうだろうか?
それを避ける為でもある。数は少ないが複数の妻が同棲するケースもある。その場合は妻同士で相談して序列をつけて家の主導権を特定の妻に集約し残った妻は自分の得意分野で貢献するというケースだ。
普通はそれなりに自己主張するので揉める。王室の後宮などは女性を子を産む機械くらいにしか見ていないからこその所業なのである。
「おそらくだが樹の懸念はそれぞれの独占欲か? 差し詰め立場が逆になった場合を考えた際に自分には耐えられないとか思っているのだろう?」
どうだ、違うかって表情である。
その通りです。
和花から「実は他に好きな相手が…………」とか言われたらどう出るだろうか?
そう考えると流石に…………ね。
アルマは確かに好みのストライクゾーンのど真ん中に近い。それだけでなく白き王との対決後に僕の為に自らの存在をかけて助けてくれた。
そこまで尽くされて無下にできるか? その後も様々な件で尽くしてくれる彼女の思いに応えたいと思ってしまった自分が酷く不誠実な男なのではと疑問が巡っているのだ。
そもそも決められた複数の女性と結婚を強いられる元の世界に嫌気がさし和花と添い遂げるためにこの世界に残ったのではないか。
そう言った事を訥々と語る。
師匠は僕の話を聞き入り師匠は瞑目している。そして――――。
そもそも一夫一妻だが、基本的には法律で定められて訳ではない。たんにみんな余裕がないだけだ。
一夫多妻は戦後救済制度が始まりであった。そもそも多妻を行う者は不倫などと違い相手の人生を人生を丸ごと引き受けるに等しく、複数の家庭を持つようなものだ。経済的な裕福度の他に心身ともに頑健でなければやっていけない。更にそれぞれの妻間のケアも必要であり僕が想像している以上に大変である。そこにヲタク的ロマンはない。
性欲や所有欲で囲いたい者は愛妾として契約奴隷として囲う。
「樹は彼女らを愛妾として囲いたいのか? それとも共に人生を歩んでいくパートナーとして見ているのか? 後者であるなら後は樹の気の持ちよう次第だと思うのだが」
そう述べた。
「それと――――」
結婚相手には”格”というものがある。格の劣る者が入り込むと常に優秀な者と比較され劣等感に苛まれ潰れるそうだ。
僕がモテないなと思っているのは既に格付けが済んでいて新参者が入り込む余地がないのだという。
一体どこの誰が”雷帝”や”断罪の真聖女”や”不死身”と張り合えるんだと。
ん? "不死身"って誰?
今になって寄ってくる女は間違いなく武力か名声か資金目当てだろうから無視しても問題ない。もっとも愛妾が欲しいならきちんと話し合いをすべきだと忠告された。
そんな存在は必要ないよ…………。
因みに結婚適齢期が10代後半と言われるのは妊娠率の問題だと言われている。それと多産を求められるため旦那が若く働けるうちに何人か産んでもらおうというとの事だ。
その為か二十歳過ぎると途端に初婚の結婚相手としては除外される傾向にあるのはこのためだそうだ。
ちなみに先に妻を亡くした独身男の最期をみとる通称”見取り妻”などの需要はどの年齢でも一定の需要はあるという。
また結婚対象に選ばれる条件などは容姿以上に安産型の女性だ。分娩はかなり負担が大きく妊婦死亡のリスクの付き纏うからだ。医学はそれなりに過去の研究が復刻されているが歯抜けであり道具や技術も伴わない。また魔法や水薬は高価で富裕層でも気楽に使う事を躊躇うというレベルだ。
「…………わかりました。相談に乗っていただいてありがとうございました」
モヤモヤした感じを出しつつ相談に乗って貰った礼を述べておく。
「一応言っておく」
師匠が立ち上がりつつそう言った。
「和花だけと添い遂げたいなら今すぐにでも全てを捨てて二人で誰もいない地で大人しく隠棲する事を進める。樹たちの力は第三者が知れば利用しようと近寄ってくるだろうしな」
言うだけ言うと去っていった。
「やっぱりそうなるのか…………」
力を持つ者はそれを振るえばそれに群がる者が必ず出る。たとえ善良そうな人でもである。そしてその力が大きければ大きいほど人々は内心で恐つつも媚びて隙を見せれば排斥するか煽てて使い潰しにかかる。だからこそ辺境で誰ともかかわらず隠棲を勧めるのだ。
ただしその場合は家事育児などすべて自分たちで出来なければならない。食料確保などもである。
「それは流石に厳しいかなぁ」
誰もいない部屋に僕の呟きだけが響いた。
ブックマーク、評価、感想、誤字報告などありがとうございます。
次は週末かな?
ようやく迷宮へ行ける。




