484話 ひっそりと抜け出る
慌てて支度をし受付で鍵を返却して冒険者組合を出る。アドリアンは【姿隠し】の魔法を使って僕らの側にいる…………はず。
「森というとここから北に一刻ほど行った森の事かな?」
「そうだ。案内は不要か?」
「森の側に着いたら誘導してくれよ。こっちも準備するから」
姿は見えないが頷いたように思えた。
問題は夜間は閉じている市門をどう越えるかである。僕と瑞穂なら【飛行】の魔術で簡単だけどアドリアンを同伴しているとその手は使えない。
「荷の移動などに用いられる海から引き込んでいる水路に潜り一旦海に出た後にすぐ近くの砂浜から上陸するしかなさそうだね」
呪的資源を結構消費するけど仕方ない。
方向転換して近場の水路まで移動する。水路の幅は1サートほどだ。水深はそれほど深くない筈だ。
アドリアンには【姿隠し】を解いてもらう。どのみち水中で【姿隠し】は維持できない。
さて、【水中呼吸】の魔法は瑞穂に三人分掛けてもらう。アドリアンはここに来るまでに呪的資源を消費しているはずだからだ。
「わたしの友達水乙女。わたしたちの水の中での活動を助けて。【水中呼吸】」
瑞穂の願いは聞き届けられた。ただ分かりやすい変化はないので初見だと不安を覚える。
アドリアンが先に入水し沈んでいく。そこそこ水深がありそうだ。僕、瑞穂の順番に水路に潜っていく。水深は0.75サートほどのようだ。
ここで大きな失敗に気が付いた。
精霊使いであるアドリアンと瑞穂は暗がりでもある程度は周囲を認識しているが僕だけまるっきり先が見えないのだ。
慌てるな。水中でも呼吸が出来る。魔術を使えばいいのだ。
「綴る、拡大、第六階梯、探の位、強化、増光、視力、受動、能動、熱感、保護、補正、発動。【暗視】」
水中でも特に問題なく魔術は完成し急激に水中での視野が確保できた。
手信号で”すすめ”と指示を出し海へと向かって歩き始める。普段なら何かしら遭遇があったであろうが今の時期は住人は赤の帝国の侵攻に毎夜怯え部外者たちも酒に逃げるか逃げるための準備をしているかであろう。
四半刻ほど歩いて水門を潜った。なんと開きっぱなしだったのである。どうやって水門を開けようか考えていた時間を返して欲しい。
ここから海へと出る水深は徐々に深くなり2.5サートほどになる。予想ではあと八半刻ほどで海岸のはずだ。
先行していたアドリアンは気が急いているのか歩きに焦りが見える。僕は彼に歩を緩めるように頼む。理由は瑞穂である。この人も羨むチート娘な彼女の最大の泣き所が出ているのだ。
水中で呼吸が出来るとは言っても水の抵抗は殺せないので意外と体力を消費する。そして身体の小さい瑞穂と僕らでは歩幅も違うし体力も違う。実は徐々に遅れてきているのだ。
もう一点問題がある。魔戦技は呼吸法が大事とされており、それが【水中呼吸】中は生かされないのだ。精霊は知能こそ人並みだが精神性の違いからかそう言ったニュアンスを理解できない。故に呼吸は可能だが微妙な調整が出来ないらしい。
歩を緩め予定時刻より一限遅れて砂浜に到着した海面から顔を出す際に周囲を確認したがこんな夜間に出歩いている人は居ない。
先ほどまで海水に浸かっていたこともありびしょ濡れである。不快なので魔術でさっさと解決しよう。
「綴る、生活、第三階梯、減の位、揮発、遮熱、霧散、発動、【脱水】」
生活魔術の【脱水】をそれぞれに施して水気を飛ばす。
北の森までの間に終末の獣に二度遭遇したものの僕らの実力であれば鎧袖一触であった。
そして日の出前に森に到着したのである。
「済まないが皆を呼んできて来てくれ」アドリアンにそう告げると僕は[魔法の鞄]から[転移門の絨毯]を取り出す。
移動方法を確認したアドリアンは安心したのか森へと入っていった。
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