483話 待ち人来たる
時系列的に幕間はいったん中断。本編に戻ります。
そろそろ予定していた一週間が過ぎようとしていた。町の様相は急激に変わりつつある。隣の都市国家に赤の帝国が攻め込んだのだ。名目は戦争犯罪者を引き渡しに応じず匿った事だ。事実は不明であるが世の中言いがかりで戦争を始める国家はどこにでもある。
この事態にフットワークの軽い商人らは逃げ出し冒険者も資金に余裕のある者から護衛業務を経て町から逃げ出していった。
いま町に居るのは元からこの町に住む約三千人ほどの住人と二百人に満たない組合の職員や日々酒に溺れて資金の乏しい冒険者らだ。そんな事もあり自棄になった人々によって町は治安が悪化しつつある。
そんな光景を僕らは眺めつつ襲われれば適度に懲らしめるといったことをして時間を潰している。果たして氏族の使いは来るのだろうか?
そしてこの町に着いてとうとう一週間が経過してしまった。僕らは組合の宿泊施設で時間を潰していた。夕飯後どれ位たっただろうか。僕は読みかけの研究書から目を離すと部屋を見回す。隣の寝台で夏物の薄着の部屋着に着替えた瑞穂が寝そべりつつ足をぷらぷらとさせて何やら本を読んでいる。
気のせいか?
そう思った時だ。瑞穂の動きがピタリと止まり扉に視線を向けている。
扉がノックされた。
動こうとした瑞穂を手で制し僕が扉を開けるために歩いていく。
「どなたです?」
「…………」
一瞬気配を感じたが扉の反対側に居る人物は沈黙している。思い切って扉を開ける。こういう時は内扉は便利だ。ドアノブを回し扉を引く。
真っ暗な廊下に黒く染め上げられた頭巾付き外套の頭巾を深々と被った細身の人物が立っていた。
「やはり生きていたのか…………」
安堵と共に咄嗟に出たのだろう。幾度か聞いた声音の妖精語であった。
「あんなメモ一枚で一週間も待たされる身にもなって欲しいよ」
相手の正体も判別したのに思わず軽口をたたいてしまう。仕事上の関係で敵として対する事もあったが不思議とこの男には敵意は感じないのだ。
「話を聞くから入りなよ」
そう言って横に移動すると黒ずくめの人物は音もたてずにするりと部屋に入ると後ろ手で扉を閉める。
「僕の生存確認だけかい?」
のんびり雑談に興じるような関係性でもないので早速用件を確認する。
「それもあるが…………。実は住処が大変なことになって氏族単位で逃げ出してきた。――――」
そう言って男、闇森霊族の若き氏長アドリアンが話し始めたことは誰がそんなこと予想できるんだという内容であった。
事の起こりは例の遺跡の僕らが杖の権利を放棄して事から始まる。僕らが去りまとめ役の龍人族が杖を手にした時だった。それを持っていた金属製の像が動き出したのだ。そいつは小型ではあったが真銀魔像だった。
真銀魔像と言えば虹等級の編成ですら戦闘を避けると言われる難敵である。小型とは言えその強さは破格であった。
必死に逃げ追跡を振り切ったと思ったのである。悪夢はここから始まる。
転移して結社の拠点でもある迷宮に戻った翌日に真銀魔像が侵入してきたのである。警備担当の豚鬼や食人鬼を鎧袖一触で蹴散らし内部の設備を破壊の限りを尽くして最後には結社の長に重傷を負わせ迷宮宝珠を破壊した。
迷宮が崩壊する中で慌てて氏族を纏めて脱出したという。その際にいくつかの同じ境遇の集団も助け近場の森に3百人ほど隠れているという。
「何その冗談みたいな話…………」
杖を捨てれば恐らくそこまでの被害を出さずに済んだのであろうが欲をかいた結果が拠点崩壊とか笑うしかない。
「それで、だ…………。受け入れてもらえるだろうか?」
彼ら闇森霊族は一般的には邪悪で残忍な人類の敵と思い込んでいる者が多い。僕に言わせれば人間にも邪悪だったり残忍だったりする者は一定数居る。アルマに言わせれば光の神々の信徒たちが信者会得の際に敵を作っただけに過ぎない。
『独裁者が内の不満を他に向けるために意図的に敵を作り意識誘導するのと同じよ』と自虐的に笑っていたのを思い出す。
「大丈夫。先方に話はつけてあるし、移動するための準備も出来てるよ」
移動のために例の島と繋がる[転移門の絨毯]の片割れを拠点から持ち出している。
「朝になると目立つだろうから今から移動しよう。案内を頼むよ」
瑞穂に支度をしようと言う為に振り返ると既に外出準備が出来ていた。支度が出来ていないのは僕だけである。
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