幕間-37 魔導機器技師は忙しい
ある日和花から呼び出しを受けた。なんでも共同体で保有する魔導騎士、魔導従士、魔導歩騎、装甲歩兵、多脚戦車、魔導輸送騎を戦時徴発されるそうだ。樹さんが懸念していたことが起こってしまったようである。
翌日には軍から二次装甲の換装作業を命じられる。対象となるのは[アル・ラゴーン改]と呼んでいる二騎だ。こいつはもともとウィンダリア王国の正式採用騎の素体に一般的に出回っている[アル・ラゴーン]に見えるように二次装甲を変更してあるのだ。それを正規の二次装甲に戻し正式採用騎の[ドレッド・バーン]に戻す作業である。面倒な脳核ユニットの調律などは行わない。
また機密保持のために装着した自爆装置の解除なども行う。
他の騎体も多かれ少なかれ手を加えなければならない。数が多く魔導機器技師の数が少ないここでは二日くらい徹夜作業になりそうである。
全騎体という筈であったが徴発対象から外れた騎体もある。魔導機器組合から試験運用依頼として借りている[アル・ラゴーン・デンドル]と呼ばれる選択装備検証騎と魔導隠行騎である魔導騎士ベースである[イグニ・ザーム]と魔導従士ベースの[イグニ・アルカド]である。
これらは貸与品という事で免れた。
ただ魔導輸送騎もすべて徴発されたので表向きは使いどころがない置物である。次元潜航艦に積載してしまえば問題ないがあっちには高性能機があるので無理に積載しなくてもよく維持費だけが嵩むお荷物となってしまった。
脳核ユニットを調律して訓練騎にするしかないだろう。
週が明けると早朝に武装した集団が押しかけて来た。うちの共同体の装備を接収しに来たのだ。
和花やアルマさんが対応する中で俺はと言えばそれを眺めているだけである。
「協力に感謝する」
かつては同じ釜の飯を食った間柄のマルエッセン卿がそう言うと後ろに控えていた者たちが次々と敷地内に入ってきて魔導騎士やら魔導輸送騎やらの装備に搭乗していく。
「何が協力よ…………一体とどれだけ損失が出た事か…………」
和花は聞こえるか否かくらいの小声で毒を吐きまくっている。運搬業務のキャンセルによって発生する違約金だけで金貨250枚になったそうだ。庶民であれば一五年以上は働かなくて暮らせる金額である。
唯一の救いは冒険者組合の規約にある依頼キャンセルによる罰則がなかった事だ。
資材などの積み込みは終わっていたので四半刻もすると大勢の招かれざる客は帰っていった。
和花は徴発の確認が終わり帰ろうとするマルエッセン卿に尋ねた。
「セシリーはどうするの?」
まだ本格的な戦争に入るわけではないが国境沿いに陣を敷くはずである。常識として戦場に女性の同伴は禁忌とまではいわないが忌避される傾向にある。戦場の狂気が男を単なる野獣へと変貌させることもしばしばあるからだ。ただし女性兵士や女性騎士は例外である。彼女たちは男として扱われる。
「もちろん連れていくよ。置いて行けば彼女も肩身が狭いだろうからね」
「そう。貴方がどう見られているかは理解しているのね」
またしても毒を吐いている。しかしそんな事は気にしていないとばかりにマルエッセン卿は話を続ける。
「セシリーは聖職者でもあるし後方で待機してもらう予定だ」
文句あるかと言わんばかりであった。
「君たちには世話になった。高屋にも挨拶したかったが君の方から感謝していると伝えておいて欲しい」
そんな事を抜け抜けと言ってのけた。確かに感謝しているだろう踏み台としてという意味では。なにせ名声と後ろ盾を得られたのだからもう用済みなのである。
和花に釣られたのか心の中で罵詈雑言を浴びせていたらマルエッセン卿は去っていくところであった。だが敷地を出る直前に立ち止まり振り返ると言わなくてもいい事を最後に口にした。
「――――以後は弁えて行動すると良いよ」
最初の方は小声で聞き取れなかったものの最後の余計な一言でしかなく煽っているのかと疑ってしまった。
「は? 弁えろ? 貴方、何様のつもり。あぁ…………王太子殿下の腰ぎんちゃくになったんでしたっけ?」
当人には聞こえていない筈だが和花はマルエッセン卿の後ろ姿を睨みつつボヤいている。
「もう帰りましたよ」
怒りで沸騰寸前であった和花をいさめたのは隣で沈黙を守っていたアルマさんであった。和花の激情は急激に冷えていった。
「彼の行いが悪であれば何れ天罰が下るわ」
アルマさんが微笑みつつそんな事を言う。断罪の聖女様に言われると薄ら寒いものを感じる。
「聖職者ってみんなそう言うのよねぇ」
それに対して和花は苦笑いを浮かべつつそう返す。
「それが事実だもの。…………たしか貴女の国の言葉だと因果応報だっけ?」
アルマさんは非常に賢く気が付くと樹さんらの母国語まで習熟してしまった。俺も必要に迫られてある程度は覚えたけど。でもたしか因果応報って本来は善行も悪行も自らが受ける結果の全ては自らが作り出すだったはず。大抵は悪いことをしたからその報いだとして使われてるそうだけど。
そしてアルマさんは話を再開させる。
「ここは考え方を変えていきましょう。金銭的損害はそれなりに大きいけど共同体としての信用は損なわれていないしむしろ同情的? それに最も貴重な資産である人員は無傷よ」
そう言って俺らの方を見る。彼女たちがキャンセル行脚を行っていた際にどの商人も非常に同情的であったそうだ。中には彼ら商人も軍から徴発を受けた者もおり一緒になって怒ったものである。
「どんなよ?」
「私に当たらないの。大陸の動向は無視して例の島なり新天地で頑張ればいいのよ。私たちの動向を監視しているメイザン司教は儲けられれば文句は言わないでしょうしね」
そう言ってウィンクをすると持ち場へと戻っていくのであった。
俺らも仕事は多いし持ち場に戻るか…………。
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