幕間-36 予期せぬ来訪者
不愉快な出来事があった日の夜の事であった。共同体の拠点の門扉にひとりの旅人が訪ねてきたのである。旅人はひどく疲れており門扉まで来ると倒れこんでしまったという。連絡を受けて医務室へと向かうと医療魔導師のキーン師が当直だったようで既に処置が終わったあとであった。
キーン師は何やら書類に目を通しており私が入室すると書類から視線を上げ無言で寝台を示す。
寝台へと移動し観察する。旅人は診察着に着替えさせられたやや暗い金髪の半森霊族の女性であった。顔立ちは何処かで見た記憶があるものの種族が違うと意外と個別の特定が難しくなるので他人の空似かもしれない。
しかしこんな夜更けにどこの誰だろう? 実に迷惑な話である。暫く相手の正体について思い悩んでいるとキーン師が書類に目を落としながら口を開いた。
「守衛の話だと知り合いっぽいとの事で呼んだのだけど心当たりはないかね?」
「なんか記憶の片隅に引っかかるのですが…………」
「…………ふむ。実はその娘なんだが妊婦なんだよ。かなり遠方から来たようでね…………」
「なぜ遠方だと?」
「今は眠っているが治療中に少し会話をおこなってね。公用交易語に僅かに東方訛りがあったんだよ」
この世界の多くの住人は一生涯生まれ故郷から離れない。東方語を日常的に使う者が側にいたからであろうとの事だ。側を見ると籠に脱がされた旅装があり見た感じだと近隣から旅をしてきたといった感じではない。ましてや妊婦で長距離の旅とかちょっと考えにくい。よほどの緊急な要件だろうか?
その時記憶の片隅に引っかかっていたものが繋がった。だけど肌の色が違うので否定しようと思った時に彼女の右の耳たぶにあるモノに視線が止まった。耳飾りをつけている。ところが左側にはない。落としたのかと思ったもののその耳飾りに心当たりがあったので外してみた。
するとすぐに変化があった。暗い金髪は明るい金髪となり白かった肌は黒くなったのだ。友人の類ではないけど顔見知りレベルの人物であった。
この耳飾りは[プーカの耳飾り]と呼ばれる魔法の工芸品であり身につけた者に【変装】の魔術の効果を与える。迷信深く神々の戦いで袂を別った闇森霊族は忌避されるし非常に目立つ。それを避ける為だろう。結社に囲われている闇森霊族の氏族の氏長であるアドリアンのパートナーとなる女性だ。
「確か名前はマリエルだったかな?」
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「おはよう。気分はどう?」
マリエルが目を覚ましたのは夜明け間近であった。
声をかけた瞬間身を固くしたものの直ぐに状況を理解したのかホッと息を吐く。
「生きていたのね」
そして第一声が随分と失礼であった。
「恩人に随分と失礼な言い様ね」
「あ、ごめんなさい。アドリアンからもしかしたら亡くなっている可能性もあるって聞いていたから…………」
そう言って活動拠点予定地の島が【魔流星】の魔術によって消し飛んだためそれに巻き込まれた可能性が高い事を示唆されていたそうだ。
樹くんは彼らにとって新天地を提示する貴重な人物だけに生きている可能性に賭けて送り出したのだとか。しかしだからと言って妊婦に長旅させるかなぁ…………。彼らは人手不足であり彼女以外に旅してここまで来れる人材が居なかったのだそうだ。
しかしそんな彼女の努力も偶然の産物で無駄になってしまった。遺跡で氏族の面子と鉢合わせたとかでレルン王国で接触する手筈になったらしい。私も細かい話は知らない。なにせ【通辞】の魔術で一方的に連絡してきただけだからだ。
「動きがあれば連絡が来るはずだから貴女はここで身体を休めていくといいわ」
それだけ告げるとキーン師に彼女をお願いし私はひと眠りしに部屋に戻るのであった。
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目が覚めてからはアルマを同伴して運搬業務をキャンセルする事になった商人らを一件一件回って事情を説明し頭を下げて回る。
戦時徴発礼で強制的に業務遂行不可能となったこともあり、どの依頼者も同情的であった。彼らも物資などを取られたりしたそうだ。
夜は遺跡から分捕ってきて魔法の工芸品の分配作業を行う。
「そういえば、魔術師組合で魔法の工芸品の評価が変わって分かりやすくなったよね」
黙々と作業をしていたアルマが[守護の指輪]を見つめながら急にそんな事を言い出した。
「そうね。確か――――」
魔法の工芸品には同じ名称で効果の強度が違うモノが多数ある例えば今アルマが持っている[守護の指輪]とかだ。
防御膜の強度で無印からプラス5の六段階に分けられるようになった。ちなみにいまアルマが持っているモノはプラス1に分類されるもので身に着けていると常時薄い防御膜を成形する。買い取り価格金貨5枚ほどになる。
多くの物が【品質保全】の魔術が掛けられた安物であったが中には上級品級の価値のある品物もあり売れば運搬業務キャンセルによる違約金の損失とか余裕で回収できるのは間違いないようだ。
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