幕間-35 恐れていた事が起こった日
冷房が欲しいと思いながら積まれた書類をアルマとふたりして処理していく。共同体の責任者たる樹くんが不在なので私が責任者代行として処理しなければならない類のものだ。
東方へと赴いた樹くんらはつい先日戻ってきた際には当人は別件があるという事で東方で下船しており、その際にいくつか伝言を授かったフリューゲル高導師から状況は説明された。
私らは人を集めて持ち込んだ戦利品の鑑定作業と売却の処理を行っているのである。
お昼を過ぎたあたりだろうか。アルマと一息ついてご飯でも行こうかって話になった時だ。外が騒がしくなったのだ。何事かと思っていると突然事務所の扉が勢い良く開かれる。
良く知る人物が数人の武装した人物を率いて乗り込んできた。そして私の座る机の前に立つと一枚の書状を突き出した。
それは”戦時特例徴収令”と呼ばれるものだ。戦争状態となった際に軍が民間から無償で指定したブツを徴収できる特例である。
「承知しました。拝見しても?」
かつて仲間であった人物に対して努めて冷静な物言いで徴収対象を見せろと述べる。国の使者として出向いてきているので下手な事を言えば大事になる。はらわたが煮えくり返りそうな話ではあるけどここは冷静に…………。
私の中では敵認定となった男から徴収対象リストを受け取り目を走らせる。
魔導騎士、魔導従士、魔導歩騎、装甲歩兵、魔導輸送騎のすべて。保存機能のある大型収容箱すべて。携帯糧食すべてであった。
あれ? 内容に違和感を覚えて男と書状を見比べる。アルマにも書状を確認してもらう。
書状を隅から隅まで目を通したアルマが男に書状を返す。
「現在出払っている装備がありますがそれらはどうされますか?」
「運用スケジュールは把握している。今週末までには全て揃うはずだ。それから引き渡してもらう」
「承知しました」
アルマがそう答えると書状に署名するようにと言われたので能面のような表情で署名を行った。
この男、私らを売ったことを後悔…………あれ?
徴収対象に例の島関連の装備や技術契約奴隷が含まれていなかった事に気が付いたのだ。技術契約奴隷は法律上は人と見なされず道具と同時扱いされるが人格権まで失ってはおらず別の法律が適用される存在だ。
「では、週明けに徴収する。それまでにきっちり整備しておくように」
男はそう言うと去っていった。
招かれざる客を見送った後にアルマがボソッとこう言った。
「彼は結局のところ貴族という地位を捨てられなかったのね」
彼=シュトルム・デア・マルエッセンという人物はセシリーと添い遂げたいがために家を捨てるとまで言ったものの結局のところ平民である事に後悔があったのだろう。
セシリーを諦めたか何か大きな後ろ盾を得てマルエッセン伯爵の跡取りとしての地位を確定したのだろう。
断罪の聖女の二つ名を持つアルマがいる以上は彼の行いに嘘はないだろう。
「損害はどれだけになりそう?」
魔導輸送騎を失う事で運搬業務の全てをキャンセルしなければならない。前金を受け取っているので罰則として前金の倍額を違約金として依頼主に払わなければならない。
「とにかく依頼主に事情を説明するためのお詫び行脚ね」
アルマがそう言って溜息をつく。
「でも、――――」
ハーンら技術契約奴隷や地霊族らの職人軍団や茨の園から引き取った子供ら連行されなかった事、例の島絡みの装備が存在しないかのように扱われていた事、魔法の工芸品に手をつけなかったことは彼の誠意だったのだろうか?
「こういう事態があるから樹さんは頑なに拠点を国外に置きたがっていたのね…………」
アルマがそう言って一旦この話は打ち切った。
その後はキャンセル処理やら表の商売の責任者であるメイザン司教に相談すると、「人員の再配置と儲けるための算段はこちらで済ませるので貴女たちにしかできない事をおやりなさい」と事務所から追い出された。
では、お言葉に甘えてという事で防衛軍の残党のまとめ役でもある雲龍三等陸佐とハーンを呼び状況を説明する。
事情を聴いた二人は例の島の開発と迷宮の踏破の準備を進めると言って持ち場に戻っていった。
樹くんは恐らく直接例の島へと赴くはずなので私たちも移動する事にしよう。メイザン司教には留守を任せるとして共同体の代理人とするという証書を用意する。
後は週明けに引き渡しを見届ければいつ旅立っても良いように準備するだけだ。そう考えていたら予期せぬ来訪者が現れたのであった。
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