482話 待機という名の休暇④
分割しようかと思ったけど一話でお届け。
いつもの習慣で早朝に目が覚めると中庭まで行き井戸水で顔を洗い完全に眠気を飛ばす。柔軟と軽い走り込みを行った後で素振りを行いひと汗かいた後に【洗濯】で身綺麗にして食堂へ。
本日の朝食として玉蜀黍粉を粥状に煮た玉蜀黍粉の粥と呼ばれる乳酪と粉乾酪で味付けした主食と扁平豆のトマトと二枚貝の煮物に葉物野菜であった。
玉蜀黍料理は南方でも食べたこともありそれほど抵抗はなかった。扁平豆と二枚貝の蕃茄の煮物は二枚貝が旬を過ぎている感じであった。扁平豆は煮崩れていて全体にとろみがついており蕃茄の酸味に香辛料と相まってそれなりに食欲を刺激した。
その後は組合の建屋を出て町をぶらぶらとしたかったけどこんな小さな町では数日も滞在すれば流石に見るべきところはなくなってしまった。とりあえず露店で薄めた葡萄酒を購入し水筒に詰めてもらう。
当てもなく歩き始めて八半刻ほど経過しただろうか。瑞穂と「どうする?」と尋ねてくる。
「裏通りでも見てみよう」
そうして雑然とした裏通りを歩き始める事半刻ほどたったころだろうか。どこからかは不明であるが不快な視線を感じた。
その瞬間、隣を歩いていた瑞穂の右手が閃く。指先から伸びる鋼刃糸が太陽光を反射して僅かに煌めく。
ほぼ同時に達磨が屋根から転がり落ちてくる。
そして止める間もなく[魔法の鞄]から何かを取り出し達磨の口に捻じ込む。
呆れるほど見事な早業であった。
「密偵みたいだね。どこの手の者だろうか?」
隣で瑞穂が【軽癒】を唱えて止血を行っているを横目に観察する。密偵に多い平凡すぎて特徴がない容姿に服装は現地人に偽装しているのか東方では標準的な灰色のシャツとベストにカーゴパンツっぽいズボンに布靴だ。明るい色の染色は費用が高いので灰色や茶系とか暗系の色が多い。
密偵は多くが捕縛を嫌って自殺する手段を講じる可能性がありそれを防ぐために咄嗟に口に布を口に突っ込んだのだろう。笹縁が見えなければ恐らく無視しただろう。
程なくして視線に気が付いたのか瑞穂は「内緒」と呟くと視線を逸らされた。
余計に気になる…………。
力仕事は苦手な瑞穂に代わり僕が達磨を建物の陰に引き摺っていった。
「さて、情報を集めるか。正直言えば精神魔術は専門じゃないので和花に頼みたいけど居ないものだから仕方ない」
そう呟いて詠唱に入る。
「綴る、精神、第八階梯、探の位、強行、記憶、精査、吸出、深度、発動、【記憶抽出】」
詠唱の完成と共に僕の右手は鈍い輝きを放つ。これは部分的に物質界から切り離された状態となる。
鈍く輝く右手を密偵の頭部に接触させる。鈍く輝く指がずぶずぶと頭部に沈んでいく。
それと共に密偵の表層の記憶が流れ込んでくる。しかし上っ面に飼い主の情報は見られない。もっと奥深くまで潜らないと駄目だろうと判断しさらに指をゆっくり進めるが程なくして先に進まなくなる。
この魔術の効果時間中の僕の指は物質の影響は受けない。という事は魔術的に抵抗を試みられているのだろうか?
更に力を入れて押し込もうとするが阻まれてしまう。
そしてここで偶然男の頭部から髪がごっそりと抜け落ちる。カツラだった。密偵の頭部はそれはスキンヘッドであり頭部を一周するような大きな傷があるのだった。
「この傷…………」
明らかに外科手術の跡だ。それを見て思い出した。
密偵の中には魔術で記憶の収奪を阻止するために外科手術で魔術を阻害する鉛の板を埋め込むという話だ。情報の出所はアルマなので間違いないだろう。
試しに頭部を叩いてみると明らかに硬い。素人の拷問では恐らく吐かないだろう。それどころか口から布を取り出した瞬間に自害しそうである。
他に精神魔術で良いものはなかっただろうか?
そう考えていると瑞穂がキョロキョロと周囲を見回しており程なくして何かを見つけたのかそちらへと走っていった。
そして戻ってきたときにはオリーブっぽい植物が植えられた鉢植えを抱えていた。
植木を路地に置くと瞑目する。
「優しき森乙女よ。この者の心を縛り、わたしの友達にして」
そして瑞穂が精霊魔法をかけた。
密偵の意識に瑞穂の呪文の声が染み込んでいく。男はそれに抗う気配も見せず呪文の影響を受けてしまった。
「気分はどう?」
普段あまり表情を変えない瑞穂が穏やかな表情で密偵に話しかけたのだ。それだけで驚きである。
「あまり良くないな。俺はどうしたんだ?」
密偵は自分がどういった状態になっているか理解できていないようだ。
「あなたは突然襲われて負傷してしまったのよ。それより貴方はどこのどなたかな?」
襲った人間が顔色変えずにそんな問いをする。そしてやや唐突な質問な気がするけど密偵は疑問に思事なく自分が数日前に中原から仕事でやってきたと言った。
瑞穂と密偵のやり取りは一限ほど続きある程度は素性が絞れた。瑞穂もこれ以上は無理と判断すると立ち上がる。
「どこへ行くんだい?」
密偵は不安そうに瑞穂に問う。
「人を呼んでくるね」
そう言って僕にも立つように促すと路地へと戻る。そして実際に衛兵隊を呼び密偵の事を伝えると組合へと戻った。
部屋に戻り密偵から聞き出した情報から飼い主を絞り込む。僕らの行動が筒抜けである。その事から飼い主は二つに絞られる。
ひとつは商人組合の幹部にして商業の神の聖職者でもあるメイザン高司教だ。
だが、彼は自己の利益が侵されない限りは味方であろうとする。瑞穂が問答無用で攻撃したことからもうひとつの存在が飼い主であろうと思う。僕らがここにいる事は共同体の面子でもごく一部しかいないからだ。
そしてその飼い主に情報を届けている存在はやはり彼だろうな…………。
そうなると行動が予想できる。僕は【伝達】の魔術で指示を送った。
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数話ほど幕間が入ります。




