50話 買い出し
2019-06-20 カクヨム版にあわせて文言を一部追加&誤字修正
2023-09-16 固有名詞を変更したり最新設定に寄せて文面を変更
「さて次は家具だな。明日は闇の日だから多くの店は休業しているし、注文するなり中古品を買うなりするにしても今日中がいい」
そういって案内されたのが冒険者組合から徒歩五分くらいにある迷宮区画の手前にある総合商店だった。
「ここは冒険者向けの物は大半は手に入るし、近場の長屋向けの商品も取り揃えている。食事もここで済ませられるし、自炊する場合でも食材も此処で買えるから便利だ」
そういえば冒険者目当ての店にも休日とかあるのだろうか?
「この区画でも闇の日は休みの店が多いのですか?」
「ここに限れば殆ど休んでいないな」
「という事は個人商店などは休日だと?」
「そうだ。ただし冒険者はライバルが減るからと闇の日に入り浸る奴らも居るからなのか彼ら狙いの店舗もあるし、そこはなんとも言えんな」
取りあえずここで済みそうである。東方とかの町を見る限りだとここに住み着いてしまうともうあのレベルの町で暮らすのは苦痛そうだなぁ。
総合商店の一階は大型家具などの売り場だった。やはり積み下ろしの問題なのだろうか?
「魔導機器も普通の家具も中古品ならここで買うのが一番だ」
見渡す限り様々な家具が置かれているのだが、中古と言っても見た目は綺麗なものばかりだし、デザイン的にはシンプルなものが多いのはやはり冒険者ならではなんだろうか?
和花と相談して最初はベッドを見てみようとベッドが置いてある一角まで来たのだが…………。
「これにしましょう」
和花がそう言って指し示したのが結構丈夫そうなキングサイズのだった。
「いやいや、これどーやって部屋に入れるの!」
師匠に助けを求めるように振り返るもののいない! 何処いった!
「いや、待ってよ! 部屋の大きさ考えてよ。これ置いたら部屋の3割近くのスペースが占有されちゃうんだよ」
値札を見たら中古なのに金貨1枚とかするんだけど! 家賃2ヶ月分だよ!
「それじゃ…………これでいいよ」
キョロキョロト見回して指差したのはマットレスが付属した木製の2段ベッドだった。
「僕ら3人で生活するんだよね? もしかして僕が寝袋?」
「そんな訳ないじゃない。私と一緒に寝る?」
恐らく冗談だと思うが妙に艶っぽく微笑む。
「瑞穂の教育上悪いからもう一台買おうよ」
そう言ってもう一台同じくらいの品質の2段ベッドを指す。
「そうね。2台買っても真鍮貨2枚くらいだし良いかもね」
どうやら冗談であったようだ。他にも買うものはあるし安い事はいい事だ。
「そういえばこれどうしたらいいんだろう?」
ショッピングカートなんてないし、そもそも入らない。店員呼べばいいのかな?
「それでいいのか?」
振り返ると若い女性の店員さんを連れてきた師匠が何時の間にか戻ってきていた。
「はい。これでいいです」
「失礼します」と言うと何やら文字の書かれている札を2段ベッドに貼り付けた。
「まとめ買いや大きな物を買うときは店員同伴するんだ。この札は売約予定を表し会計後に配送担当が引き取りに来る」
師匠がそう説明してくれた。
「あれ? でも誰かがこの札を剥がしたら意味がないんじゃ?」
「そう思うなら剥がしてみな」
師匠に言われて剥がそうとするが全く剥がれない。
「どういう事です?」
「それは担当店員専用の呪符なんですよ。力任せじゃ剥がせませんよ」
だからご心配には及びませんよと微笑む。
「ここの店員は低位の術師ばかりなんだよ————」
その師匠の言葉には続きがあり、挫折した冒険者や学院で落ちこぼれた魔術師等を積極的に雇用しているらしい。命がけの冒険者稼業に疲れたら検討するのもいいぞと締めくくった。
その後は和花の好みで食器やら調理道具を見繕っていく。食器は木製が多かったが銀製の物や非常に高価ではあったが陶器の物もあった。そしていま目の前のもので迷っている。
「欲しい、欲しい、欲しい、欲しい、欲しい…………」
和花が目の前で欲しい欲しいと唸っているものが魔導機器コーナーにあった保冷庫だ。保冷というが2ドアで冷蔵と冷凍に分かれている。ただ価格が中古なのに金貨10枚とお高い。容量も150リットル入るか否かくらいの大きさだし流石に買えない。
「それは少し稼いでからにしようよ」
そう言ってみたものの聞いていない。
カーテン、絨毯、2段ベッド2つ、3人分の毛布、3人分の食器、3人分の洗面用具、座卓、3人分のクッション、衣装箪笥、調理器具、掃除道具と決めて既に金貨2枚使ってるんだよ。
いや、そもそもそんなにお金ないよ。師匠になんとか説得してくれと目で懇願すると————。
「仕方ないな。それと調理用加熱器は買ってやる。あとは自分達で買えよ」
そんな太っ腹な事を言ってくれた。
そんな訳で保冷庫と2口タイプの調理用加熱器を買ってもらった。師匠に金貨14枚も出してもらった。助かったよ…………。
会計を済ませ有料の配送サービスの手続きを済ませて店舗を出る。荷物は夕方くらいに到着するそうだ。
逆に健司たちはほとんど買ってない。
「俺ら男ふたりだし外食メインで済ます予定だし、基本的に長屋は倉庫兼寝床だからいいのさ」
そう健司は言うのであった。
一階での用事が済んだので二階へと移動する。
「ここは食料品全般が売っている。飲食店もあるが軽食がメインだ」
師匠の説明に和花が調味料とか買っておきたいと言い出したので一通り回ることになる。
「ところで和花って料理は確か…………」
「これから覚えます」
僕の質問にそんな恐ろしい回答が返ってきたのだった…………。
だがここで一筋の光が!
「わたし、家で仕込まれたから問題ない」
一応武家の末席だが平民より貧しいという何とも言えない家だったこともあり瑞穂は家事全般を担当していると以前に兄の薫から聞いていはいた。
ここでも食事当番は瑞穂の仕事になりそうだ。
和花と二人であーでもないこーでもないと選んでいく。珍しく笑っている瑞穂を見た気がする。
半刻ほどで会計も終わりお昼近い時間だったので同階の飲食店で簡単にお昼を済ませた。食事に関しては僕らが居た日本帝国とあまり大きな違いはない様に思えた。総菜パン、麺類まで普通にある。
考えてみればこの世界の人類の歴史はそれなりに長いし、様々な世界から異邦人がやってきているのだからおかしなことでもないか。
「古典ラノベお約束の異世界知識でスゲーが出来ないのがこの世界の難点だ」
隼人はそう憤慨するが、この迷宮都市ザルツは特に文明レベルが進んでいるから仕方ないんじゃないだろうか?
逆に辺境地は未開だからスゲーする余地があるという事だ。
それにしてもサンドイッチまであったのは驚いたな。
由来は忙しすぎる役人やら商人の事務員などが片手でも食べられるようにとケーウェッティーという料理人が考案したという。最初は平たく切った硬焼きパンを皿代わりにおかずを乗せて二つ折りしたものだったらしい。
お腹も膨れたので三階へと移動する。
ここは衣類を取り扱う階層で中古から数は少ないが新品まで様々なものが売られている。
男性物はデザインも簡素なのが多く、種類もあまりない。売り場全体の2割くらいなのである。お陰で四半刻もしないうちに下着や平服を必要数買い揃えることができた。
問題は————。
「樹くん、どっちがいい?」
かれこれ半刻はこんな調子に付き合わされている。
売り場の8割が女性用なのだが、とにかく種類が多い。なんでもこの世界に降り立った異邦人デザイナーが女性専門で彼曰く「女性には美しく着飾る権利と義務がある」などと言って女性用のデザインしかしなかったのが理由だとか。
師匠に窘められてなんとか一刻でこの拷問から解放されたのだが、後日付き合う約束をさせられてしまった。憂鬱だ…………。
総合商店を出るころには日が傾いてきていた。
「ちょっと話がある」
師匠にそう言われて迷宮区画の中央にある噴水公園へと足を運ぶ。
公園に到着すると師匠はどこか手ごろな場所を探しているのか園内を暫く会話もなく歩くことになる。
「ここにしよう」
そう言って座り込んだのは周囲にあまり人がいない四阿=西洋風の四阿だ。
「まずはこれを」
そういって師匠が差し出してきたのは小袋だ。僕、和花、健司、隼人にそれぞれ渡す。
中を確認してみると金貨が数十枚入っていた。
「区画主の万能素子結晶を売却した分け前だ」
数えてみると金貨50枚あり大金貨一枚分にあたる。
これで奴隷堕ちした同郷のみんなを少しは助けられる。
「明日からは皆の買取するとして先生に送り返してもらうまでどこに預けておくの?」
そうなのだ。
ここは奴隷の最終処分場とまで言われており売れ残りが格安で購入できるのだ。
「二週間だけなら俺の家で預かってやる。それまでに集められるだけ集めてこい————」
最終日に全員元の世界に送り返してくれるそうだ。
「あと————」
荷物の受け取りもあるし板状型集合住宅へ戻ろうと立ち上がった時だ。
師匠が腰袋から一振りの広刃の剣を取り出した。
「それは…………もしかして主犯格の持っていた広刃の剣ですか?」
見覚えがあると思ったその広刃の剣は間違いなく主犯格マルコーの持っていたものだ。
わざわざ持ち出してきたという事は何かあるのだろうか?
「犯罪者の所持品は討伐した者たちが自由にしてよいという規約がある」
わざわざ取り出したという事は特別性なのだろうか?
「これは上級品級の[魔法の武器]だ。売るも良し、使うも良しだ」
どうしたものか…………。
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