475話 脱出①
「走れ!」
警戒を緩めなかった僕らは階段に向かって全力で走る。僅かに遅れて僕らのいた場所を塩素ガスが襲った。
そのままの勢いで折れ階段を駆け上がり一気に登りきると一息つく。
「どうやら追ってきてないようだな。ところで……」
そう言って九重は健司の様子を窺う。さすがに全力で階段を駆け上がったのが堪えたのか息が上がっている。
上を見ると怪物の姿が見えない。龍人族らが下りる際に退かされたのだろうか?
「ここで【転移】で地上に出るか?」
「…………そうだな。正直もう歩くのもきつい」
健司に具合を確認すると強がりすら出てこないようだ。魔術の受け入れのために力を抜くように伝えて健司から緊張感が抜けたのを確認した後に詠唱を始める。
「――――、発動。【転移】」
まずは健司を【転移】で地上へと飛ばす。次いで九重も飛ばした後に瑞穂もと思った時だ。つい先ほどまでいた筈の場所に彼女が居ないのである。
「なんで登ってるの?」
瑞穂はいつのまにか上の階層へ登っていた。
ここは【自爆】で折れ階段は0.5サートほど上部が消滅している。また階段から壁まで0.25サートほど隙間があるので飛び上がって壁をよじ登る必要があった。それが面倒なのでここで転移して帰還するつもりであった。
「だって、あと一回しか【転移】使えないでしょ?」
問われた瑞穂はさも分かっているぞと言わんばかりにきっぱりと言ったのである。
【開錠】で呪的資源が足りなくなっていたのを見抜かれていたようだ。
「僕は奥の手があるから大丈夫だよ」
奥の手は本当にある。
「それはダメ」
珍しくかたくなである。よく見ればしきりに部屋を気にしておりどうものんびりやり取りしている余裕はなさそうであった。万が一【転移】の発動が失敗した場合を考えるなら大人しく徒歩で戻るかと思う事にした。
「降参。しかし、よく見てるね」
僕はそう言うと瑞穂は僅かに頬を染め視線を逸らす。
なんか変なこと言ったかと思ったけど急いだ方が良さそうなので魔戦技の【跳躍】を発動させ一息で部屋へと飛び上がる。
「急ごっ」
着地した途端瑞穂は僕の手を握ると室外へと引っ張っていく。なんだか焦っている?
その理由はすぐに分かった。
周囲には豚鬼や食人鬼の死体が転がっており部屋の奥の壁に寄りかかっていた怪物が起き上がったのである。再生済みのようだ?
違和感を感じたのも無理はない。大きさが小さくなっているのだ。
二対四本の腕をもつ体高1.6サートほどに縮んでいるし腕の数も減っている。頭部も三つから二つへと減っていた。その不気味さから僕らは慌てて部屋を飛び出し螺旋階段に飛びつくと上の階層へと駆け上がっていく。
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