470話 これではただの強盗である。
「樹君。やはり憶測だけで思考を進めるのはいかんね」
「そうですね。まさかこの施設が赤の帝国の管理下だなんて想定外でしたよ」
俯せに大の字に倒れる深紅の長衣を纏った男を前に僕とフリューゲル高導師がどうしたものかと悩み始める。なぜ分かったかと言えば長衣の色と背中にデカデカと描かれた赤の帝国の紋章だ。
魔法陣の先の部屋から通路に沿って進む事半刻。使用人兼戦闘員の人造人間を排除しつつ数多くの個人研究室らしき部屋を物色して進む、巨大な部屋に行きついたのだ。
そこで暢気に作業を指示していた深紅の長衣の人物を不意打ちで殴り倒し昏倒させたところである。
周囲を観察するとこの部屋は4600スクーナ、凡そサッカーコート一面ほどありコンベアが二本とそれに繋がる自動工場、後は荷がぎっしり詰まった天井まで届く無数の棚だ。
「よし、すべて分捕ろう」
自動工場の生産能力は周囲の万能素子次第である。ここの物資を分捕って自動工場を破壊すれば少しは打撃を与えられるだろう。あの国は戦争のルールを破ることで電撃的に領土を広げてきたがそろそろその報いを受けても良いだろう。
瑞穂に作業を頼み他の面子には室内を調査してもらう。一人になりはたと気が付く。
「ん? 報いを受けても良いだろう? 一体全体自分は何者になったつもりだ。まるで神気取りではないか。[時空倉庫の腕輪]と次元潜航艦を得たことで妙に自分なら出来るという全能感に捕らわれているような気がする。それにこれは遺跡を漁っているのではなく立派な単なる強盗行為だ……」
いま僕の心にこの大きな力で懲らしめてやろうとか感情の赴くままに振るうのはマズいのではないか? 大きな力を持ったからこそ自制しなくてはならない。なぜ超越者が現世に過度な干渉を行わないかを考えれば分かりそうなものだ。数の暴力は恐ろしいのだ。
気が付かないうちに自分ならどうにかできるとか思っていたのかもしれない。気を引き締めよう。
取り合えず証拠隠滅だ。
あまり使いたくないけど記憶を消すか…………。
正直に言うと精神魔術は和花に比べると実力的に劣るんで使うのが怖いのだけど仕方なし。
僕らはここには踏み込んでいない。
そう自分に言い聞かせると呪句を詠唱し始め成功率を上げるために呪印をきる。
「綴る、精神、第七階梯、減の位、記憶、精査、要点、抽出、消去、発動、【記憶消去】」
詠唱の完了と共に右手が薄っすら光り輝く。それを魔術師の額に触れさせると一気に表層の記憶が流れ込んでくる。
目的の記憶はすぐに見つかった。気絶させる瞬間にダグと健司の顔をはっきりと記憶していた。流石に魔術師は記憶量が優れている。
即座に該当の記憶を消し去る。これで一安心である。
ハァと溜息をついた時だ。
「何もなかったよ」
思わずビクっとして光剣に手を掛けそうになった。完全に気が緩んでいた。
振り返ると瑞穂が、「大丈夫?」と言うと首をコテンと傾ける。
「大丈夫。気が緩んでていたからびっくりしただけだよ。それで?」
眼で報告してと促す。
「危険物、監視装置はなし。物資搬入用の大型昇降機が一基。何処かへと繋がっている通用口が一つ」
どうやらそれで報告終わりの様である。
「瑞穂はここを破壊したほうがいいよ思う?」
僕は唐突に頭の中で燻っていた問題を口にしてみた。
「どっちでもいい」
しかし返ってきた答えは肯定でも否定でもなかった。興味すらないようである。
皆が戻ってきたら改めて聞いてみよう。
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