幕間-34 青の勇者のその後②
「聞け! 全員力尽きるまで全力であの森まで走れ! 魔導騎士は森で活動は困難だ! 急げ!」
そう言って南南西に見える森を指さす。距離にして0.5サーグだ。正直言えばやや無謀な気もしているが人間死ぬ気になればなんとかなるだろう。
何人かの若い女が走り始めると釣られるように子供や母親らも走り始める。捕まれば自分たちがどういった運命をたどるか何度も見てきたからだ。だが老人たちの腰が重い。
「どうした?」
近くにいたどこかの村の元村長だという60代くらいの男に問うと、「我ら先行きの短い者はここに残って少しでも足止め致す。若い者は早く逃げる事ですな」と言い出した。
それを聞いた別の老人も頷いて得物を探し始める。
女子供が逃げはじめ残った老人たちが得物を手にして年甲斐もなく雄たけびを上げる。
悠然と紅の魔導騎士たちは近づいてくる。旗騎を先頭に、魔導騎士が九騎が横に広がり、その背後を一五騎の紅の魔導従士が付き従う。更に後方に奇妙な形状の魔導従士が三〇騎が立ち止まっている。その後方には歩兵が見当たらず一五〇騎の騎兵であった。しかも軍馬ではなく大鴕鳥と呼ばれる大型の二足歩行の騎乗訓練された鳥類である。
絶望的である。理由は騎兵の装備を見て気が付いた。負い紐の付いた銃剣付き小銃を肩にかけている。所謂竜騎兵と呼ばれる兵種だ。
更に弓兵が見当たらない。何処かに伏せているのだろうか?
これは正直言ってダメかもしれない。
まず最初に異変があったのは後ろの方で止まっていた奇妙な形状の三〇騎の魔導従士であった。遠くてよく見えないがやや上体を逸らしたように見える。そして違和感のあった胴体横の左右の縦長の何かから高速で射出された何かが大空へと立て続けに射出された。飛翔体は弾道軌道を描きこちらへと向かってきている。
「いかん! あれは魔導弩弓兵じゃ!」
ゲオルグがそう叫ぶが0.5サーグ先から射出された飛翔体は既に最大弾道高をに達し弾着点を目掛けている。場所は――――。
逃げようと争っていた馬車群であった。そこへ長さ1.25サートの鉄串のような太矢が最初の六〇本が突き刺さる。
2本が馬車を串刺しにし、残りは馬や争っていた人々に命中した。そして次々と太矢が降り注ぐ。その数合計で三〇〇本。
何も出来ないうちに馬車の取り合いをしていた者たちは地に伏していた。馬車は全て破壊されたか横転しておりとてもではないが使い物にならない。男たちも半数位は生きていそうだが恐怖によって動けなくなっている。肝心の輓馬が暴れて逃げ出したり串刺しされたりと手が付けられない。
酷いのは暴れ馬に撥ねられたり押しつぶされた犠牲者もいた事だ。だが、五万人近くいた難民キャンプである。数千人の男らは無傷であった。悲鳴を上げ脇目も降らずに南へと走り始めた。恐慌してその場で立ち止まっている者も結構いる。良いから逃げろといいたい。
老人たちは先ほどの威勢はどこへやら腰を抜かしており逃げ遅れた女子供も立ち止まってしまった。
「勇者殿。魔導弩弓兵の連弩は撃ち尽くすと弾倉交換にかなり時間かかるはずじゃ。今のうちに撤退するんじゃ」
どうやら気が付けば俺も竦んでいたようだ。
「当分射撃はない! とにかく死に物狂いで走れ走れ!」
そう叫ぶと俺自身も走り出す。それに釣られて人々も必死に走り始める。ただ老人たちは完全に覚悟を決めたのか動くことはなかった。
我々を逃がすかとばかりに一五〇騎の竜騎兵が動き出す。大鴕鳥は疾竜ほど戦闘力はないが馬並みの速力と高い跳躍力の他に強靭な体力がある。装甲で覆われているにもかかわらずかなりの速度でこちらに向かってきている。軍馬と違い高速で長時間走れるのが売りで恐らく数分で追いつかれるだろう。こうなれば犠牲を覚悟で一人でも多くを森へと逃がすしかない。あとは小銃の射程距離だ。射撃時は両手で構えて足で大鴕鳥を操作する関係で移動速度は落ちるはずである。
命中率は判らないが、自分らのいた世界の小銃に例えるなら有効射程は優に75サート以上はあるだろう。赤の帝国の装備のずるいさぶりに腹も立つ。
足の遅いゲオルグに合わせて走る。彼は信仰上の理由で勇者と認定した俺を置いて撤退などしない。俺は後方を確認しつつ都度激励をする。これまでにもあったことだ。
そうしているうちに竜騎兵が迫ってくる。まず標的を最後尾の老人たちにしたようだ。発砲音ともにバタバタとご老体らが倒れていく。単装型ではないようで装填の間隔から少なくても装弾数五発くらいだろうか? 老人らの行いはこんな遮蔽物のない平野で自殺行為であった。いや、恐らくは自らの命をもって少しでも時間稼ぎと弾薬を減らす気だったのだろう。
そのうち弾の無駄と思ったのか湾刀を抜剣して斬り伏せていく。一方的な殺戮であった。それでもご老体たちは頑張った。油断した竜騎兵が数人が落馬させたのだ。時間も十分稼げて多くの女子供が森へと逃げ込んでいった。魔導騎士や竜騎兵での森での活動は厳しい。
それでも最後尾を走る数百人の女子供は命運はまだ判らない。せめてあと一限時間があれば逃げ込めるのだが…………。
「勇者殿。先に行ってくだされ」
隣をドタドタと並走していたゲオルグがそう口にするとくるりと反転し逆走を始める。
「おいっ!」
咎めようとするがそのときには距離は7.5サートは離れてしまっていた。
全速力で走るゲオルグに無慈悲に竜騎兵らは発砲する。流れ弾の数発が俺の鎧に命中したが強固な魔法の工芸品のこの鎧を抜けるには当たりどころが良くなかったとはいえ衝撃で体勢が揺らぐ。
気が付けばゲオルグが大の字になって倒れるのが見えた。竜騎兵がゆっくりと近づいてくる。俺の二つ名は赤の帝国に鳴り響いている首級をとって名を上げたいといったところか?
覚悟を決める。
その時であった。竜騎兵の背後に漆黒の狼型の怪物が突然出現した。その数は多くはないが50匹はいる。
怪物らは竜騎兵に襲い掛かった。
寝食を共にしてきた唯一の相棒と化したゲオルグの安否を確認するために走り出す。竜騎兵らは俺に構っている余裕がない。
ただし不運は続く。今度は魔導騎士が移動速度を上げ始めた。竜騎兵の救援に来るのだ。
その時であった。
先頭を走っていた旗騎の頭部が弾け飛んだ。勢いが止まらず数歩走った後に前向きに倒れこむ。
何が起きたのかわからず立ち尽くす。
そこへ後ろから突風が走り抜けた。カメレオンのように周囲の景色に紛れて見えるが光の加減で僅かに輪郭が見える。かなり細身の魔導騎士だ。それが疾風のように駆け雷のように鋭い一撃を浴びせて瞬く間に残った八騎を戦闘不能にする。
犠牲を出しつつ竜騎兵が怪物を討伐し指揮官を失った部隊は撤退を余儀なくされた。
俺はそれを呆然とそれを眺めていた。
「助かったのか…………」
幸運はそれだけではなかった。大の字で倒れていたゲオルグが何事もなかったかのようにむくりと起きたのである。
「…………おい」
「おぉ、勇者殿。不覚にも気絶してしまったんじゃ。お恥ずかしい」
よく見ればゲオルグの工匠によって二つとない甲冑は凹みはあるものの貫通した弾は一つもない。小銃の威力が俺の想定より低かったのだろうか?
そんな事は今はどうでもいい。まずは相棒の無事を神に感謝だ。ゲオルグに手を貸し引き起こす。
そしていつの間にか魔導騎士の残骸がひとつ残らず消えている事に気が付いた。怪物と戦い散っていた竜騎兵の亡骸もだ。
あの魔導騎士の動きは良く知る動きだ。でも、まさかな…………。
その後は直ぐには襲撃がないだろうからと体力の残っている者を呼び寄せ難民キャンプから食料などを確保してどこか安全な場所へと移動する。国境沿いに西か東どちらへ逃亡しようか…………。
ブックマーク、評価、感想、誤字報告などありがとうございます。
GWは4月の反動でばったりとダウンして新章の進行フローチャートまでしか作る余裕がなかった…………。
新章はまだ500文字未満なので投稿は不定期で書き終わり次第投降か数話ごとに予約投稿かは仕事次第という事で。
以後も宜しくお願いします。




