幕間-33 青の勇者のその後①
終わらなかった…………。
突如出現し襲い掛かってきた黒い狼型の怪物を蹴散らし安堵をつく青銀の甲冑を纏った男に近づく者がいた。
「勇者殿。奴らはいつも唐突じゃな」
男に声をかけたのは灰色に見える重甲冑に身を包んだ小柄だが樽のような体形の地霊族と呼ばれる男だ。鉾槍を担ぎ鎧の左胸に交差する戦鎚、所謂戦の神の聖印が浮き彫りが施されている。
「赤の帝国が南側の戦線を縮小したお陰で以前よりは遥かに楽だけどね。だけどそれをいい事に失われた領土を取り戻せと叫ぶ輩の声がデカイのはいただけないな…………」
青銀の甲冑の男はそう口にした後に溜息をもらす。鼻息荒く領土解放を叫ぶのは赤の帝国に領土を奪われた様々な都市国家の王族や宮廷貴族らである。
彼らは赤の帝国から反逆者の末裔として指名手配されているので自分たちが領土に踏み込みたくはないので農民を煽ってるのである。
東方南部域に点在する難民キャンプの一つであるここには5万人ほどの難民が居る。彼らは故郷の地に戻りたいと願うが赤の帝国は彼らを独自ルールで犯罪奴隷に認定しており捕まれば過酷な運命が待っている。それもあって民衆らは解放戦に消極的なのだ。
「じゃが、このまま座しても支援が打ち切られれば終いじゃろうに」
「だからと言って勝ち目のない戦いをするのか?」
「戦の神も勝ち目のない無謀な戦いは推奨せんよ。余力のあるうちに対策を取らないとジリ貧じゃという事だ」
難民キャンプはどの個所も赤の帝国と南部域の各国との緩衝地帯に展開している。合計で150万を超える難民を抱える東方南部域の各国は難民支援金の捻出に困り果てている。
既に支援国の民衆は難民に対してかなりの敵意を向けてきており実際に援助物資を運ぶ荷駄隊が襲われた事すらある。
更に問題がある。突如現れた黒い狼型の怪物と熊型の怪物である。なぜ獣ではなく怪物と呼称するのかと言えば、そもそも警戒心の強い野生の獣はおいそれと人間を襲わない。だがこの黒い獣型の怪物は人を見ればなりふり構わず襲い掛かってくる。また怪物と呼称する理由としてこいつらは死ぬと程なくして霞のように消えてしまうのだ。獣であれば味の良し悪しはともかく最悪でも解体して食肉にするという手もあったのだけどそれすらできない。
既にこの難民キャンプにも幾度の襲撃があり60人ほどが犠牲となった。倒しても得る物もなく踏んだり蹴ったりである。
青銀の甲冑の男は、こんな時に旧知の仲間の手を借りられればと思うがどの面さげて顔を合わせるかといった状況である。自分は本来であれば犯罪者として裁かれる身であり青の勇者などと煽てられるような人物ではないのだ。
人々は彼を青の勇者としか呼ばない。それは彼が保有する恩恵である忘却の効果故に誰も彼の顔と名前を覚えられない。ただ青銀の甲冑を纏った人物としてだけ辛うじて記憶に残るのである。
故国解放戦に投じても地獄、赤の帝国に投降しても地獄、待つも地獄なのである。
「せめて魔導騎士か魔導従士が数騎あれば事態も変わるんじゃがな」
実際の性能はともかく数騎いるだけではったり程度にはなる。だが義を見て参じてくれる自由騎士は居ない。
幾日か経過した夏の前月の中週の頃の事だ。早朝に急使が来ておりどこだったかの領土を分捕られた元国王と面会していた。トラブルの予感を感じていたところ信仰上の理由で同伴する戦の神の神官戦士の地霊族がドタドタと走ってくる。
「マズいぞ。あれを見るんじゃ」
そう言って北を指さす。そちらに視線を向けると巨大な槍に旗を靡かせた赤い甲冑を身に纏った騎士が歩いてくる。ここでいう騎士とは魔導騎士の事である。その数は一〇騎。
魔導騎士の運用方法としてはあり得ないので恐らく後ろに魔導従士が最低でも同数が随伴している。更に後方に輜重隊と歩兵が随伴しているはずだ。
旗持ち騎、所謂旗騎と呼ばれる指揮官がこちらに向かっているという事だ。
「敵襲!」
サボり気味であった見張りがようやく叫び警鐘を必死に鳴らす。難民キャンプの至る所に悲鳴や怒号があがりバタバタと動き出す。男たちは真っ先に馬車を目指し自分こそが乗るんだと主張し殴り合いを始める。女子供老人などは置いてきぼりであった。これまでの赤の帝国の所業を鑑みれば自分だけでも逃げなければと思うこと自体は仕方ないのだろう。
迫りくる魔導騎士の旗を見てさらに混乱が広がる。黒地に朱色の三本の槍が交差する紋章であった。赤の帝国の串刺し将軍の異名を持つデジャン伯爵家の家紋だ。
デジャン伯爵と言えばこの一方的な侵略戦争で占領地で占領民を老若男女問わず鉄串で股から頭頂部まで串刺しにし街道沿いに飾り立てた事で有名な人物である。
誰だってあんな殺され方は嫌であろう。そんな混乱の中でいち早く体制を整えて南へと逃げ出したのは元王様や元貴族様だ。兵士らに命じて群がる難民を斬り伏せ馬車で轢き殺して逃走してしまった。流石に逃げ足が速い。
馬車は諦めて走って逃げるしかないか、だが女子供や老人はどうする? 迫る危機に思考を放置しているのか動きが遅い。
恩恵の有難くもない恩恵のお陰で個人的に友誼を深めた相手もおらず誰かにこの場を任せる事も出来ない。
「ここを死に場所とするかね?」
そう言って歩いてきたのは戦の神の神官戦士である地霊族のゲオルグだ。唯一俺の事を記憶している人物である。
ただ彼が俺の事を記憶しているのは、恩恵の特性を理解し俺から一定の距離を離れないようにしているからだ。
「戦の神は無謀な戦いは求めておらん。再戦の機会を信じてここは逃げに徹しよう」
それで俺も決心がついた。
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もう一話続きます。




