47話 その名は…………。
2019-02-11 肝心なところを書き忘れるというボケをかましたので追記
2019-06-15 誤字修正、文章追加
「なっ…………ありえねぇ…………」
まとめ役は驚愕の表情のまま目の前にある自身の下半身を眺めてそう呟き事切れた。
そして同時に樹も崩れるように倒れるのだった。
主犯格が死んだ事で残っていた取り巻き連中は競い合うように逃げていった。
「樹くん!」
ほとんど悲鳴のような叫び声で樹を呼び走り寄って抱き起す。
樹の顔色は土気色に近くまるで死人の様だった。
「まだ…………生きてる…………。先生!」
和花は以前の野外修練で習った通りに樹の脈拍と呼吸の確認を取るとひと安心し、ヴァルザスに助けを求める。
ヴァルザスは一通り眺めた後片膝をつき呪句を紡ぐ。
「綴る。統合。第三階梯。癒の位。生体。変換。譲渡。発動。万能素子回復」
ヴァルザスのかざした掌から自身の体内保有万能素子が樹へと流れ込んでいく。
程なくして一息ついてヴァルザスが立ち上がる。だがその顔色はあまりよくない。
「先生…………樹くんは…………」
樹の肌の色はかなり良くなったがピクリとも動かない。和花は心配になってヴァルザスに回答を急かすものの押し黙ったままだ。
「話は後だ。それより外へ出るぞ」
そう皆に指示を出しヴァルザスは魔法の鞄でもある腰袋から拳大の丸石をふたつ取り出し床に置いた。
「綴る。付与。第三階梯。付の位。触媒。従僕。石像。発動。石の従者」
呪句が紡がれ魔術が完成すると丸石は姿を変えデフォルメ的な体高0.35サート程の人型へと変じる。
「それを持ち上げろ」
ヴァルザスは二体の石の従者に樹を持ち上げるように下位古代語で命じる。石の従者の言語理解能力が下位古代語に限定されているためだ。
「我に追従しろ」
石の従者に追従するように命令したのちに迷宮を出るのであった。
▲△▲△▲△▲△▲△▲
「ヴァルザスさん。樹の奴はどーしちまったんですか?」
賃貸契約が済んだばかりで寝具ひとつない部屋に樹を運び入れ一息ついたところで健司がそう質問を繰り出した。ほかの面子も口にはしなかったが同じことを思っているだろう。不安そうな表情をしている。
少し思案の後にヴァルザスは口を開いた。
「過去に同じような症例があったが、恐らくは[開放]によるショック症状だ」
「「「開放?」」」
この世界の事に関してはある程度ヴァルザスから聞き及んでいるが、初めて聞く単語に見事にハモってしまう。
「この世界では人が死の淵から蘇ると気まぐれなどこかの神が極稀に何らかの恩恵を勝手に押し付けてくることがある————」
「勝手に…………はた迷惑な…………」
そう和花が呟くのを耳にしたヴァルザスは、
「そう。まさにそれだ。何せ贈られた側は無自覚なもんで今回みたいな状態で初めて発覚するケースも多い」
「でもなんで恩恵なんです?」
樹の症状を見る限りでは和花のその質問は当然だろう。
「使いこなせればとてつもない能力だからさ」
「「「????」」」
ヴァルザスの回答を三人は理解できないでいた。
「樹が陥った状態は、敵の【飛翔練気斬】を相殺しようと、あの刹那の間で瞬時に限界ギリギリまで魔力を練った【練気斬】の切払いを行うつもりだったのだろう。本来であれば生物の防衛本能による拡張限界で勝手に打ち止めになるところを恩恵によって死亡一歩手前まで体内保有万能素子を絞りつくして魔力に変換してしまったのだが、ここで問題なのは樹の万能素子を魔力へと変換させる霊的器官である導管が未熟だったことだ。万能素子を操れる者は総じて時間をかけてこの霊的器官である導管の拡張…………すなわち最大変換量を拡大させる為の鍛錬を行う。いま樹はこの霊的器官の損傷によって意識が戻らない状態にある」
「樹くんは元に戻るんですよね?」
和花が不安げな声で尋ねるがヴァルザスは沈黙したままだ。
「明日は迷宮入り中止して太陽神の神殿へ行く。最高司教への紹介状と布施を持って治療しに行こう」
ヴァルザスがそう返答すると一同皆ホッとするのだった。
今日は解散という事で健司と隼人は荷を置きに自分らの賃貸長屋へと向かう。
残ったのは和花と沈黙したままの瑞穂にヴァルザスだけだ。
「そういえばバルドさんも聖職者でしたよね? バルドさんじゃ駄目なんですか?」
思い出したように和花が質問を繰り出した。確かにバルドは高位の聖職者である。
「あれはいま鍛冶工房に籠って一振りの打刀を打っている。今は中断できないから無理だな」
「そうですか…………。あれ? 先生は魔術は万能って仰ってましたけど、魔術じゃ何とかならないんですか?」
「痛いところを…………。一応なんとかできる。霊的器官の損傷は死霊術の一派で操霊魔術と呼ばれる魔術系統の奥義で回復は出来る。だが————」
ヴァルザスは言った言葉を区切る。
「————触媒がない。操霊魔術の多くは儀式魔術で高価な触媒と長い時間を必要とする。放っておいたら樹は衰弱死するし早いほうが良いだろう?」
「先生ありがとうございます。この御恩は必ず返します」
何かを決意したような和花の口調にヴァルザスは、
「そんなに重く考えるな。弟子なんだから師匠を利用するくらいに考えておけ」
そう返答すると踵を返し去っていく。
「瑞穂ちゃん。ご飯食べにいこっか?」
程なくして気を取り直した和花が瑞穂にそう声をかけるのだった。




