448話 狂気の使徒①
「申し訳ないのだけど、その男を返しておくれよ」
闇司祭の言いようは日本を人ではなく道具としてしか見ていないような言い方であった。
「断ると言ったら?」
「そうだねぇ。では、力づくで奪うとするかね」
そう答えると右手の三日月刀を掲げた。
「名を失いし狂気の神よ。死者の尊厳を奪い、ここに集い――――」
最後まで言わせないとばかりに瑞穂が距離を詰め小剣を一振りするも華麗なステップで避けると詠唱を完成させてしまう。
「――――て僕となれ。【屍人創造】」
ここには死体は山とあるが精々のとこ数体程度と思っていた。しかし予想に反してむくりと起き上がってきたのは玄関ホールで倒れていた35体の死体全てであった。
「樹さん。あの三日月刀が祭器だわ」
聖職者たるアルマのが言うのであれば間違いないだろう。本来であれば一体ずつ作り出すはずなのにこれだけの数を同時に熟せるという事は所有者の闇の奇跡を大幅に増幅する機能があるのだろう。
「僕らよ。我が敵を討て!」
闇司祭は瑞穂の攻撃を華麗なステップで躱し三日月刀で往なしと翻弄しつつ屍人に命じる。
だが何か違和感を覚える。瑞穂の動きに精彩に欠けるように思えるのだ。
「和花とアルマは固まって、九重は二人の護衛!」
そう指示出すと僕も闇司祭に斬りかかる。リズミカルだが変則的なステップで身体を動かし肘と手首を巧みに使い変幻自在の剣筋で僕と瑞穂を翻弄する。
軽い三日月刀だけあってその剣速はこれまでの大物たちとは比べ物にならない。打ち負ける事だけが唯一の救いだ。それにしてもこの痴女スタイルだが地味に目にやり場に困る。それも加味した戦闘スタイルなのかもしれない。
戦況が動かないまま一限が経過した。ようやくアルマの回復が終わったのか
「法の神よ。亡者を打ち払う聖なる光を!【聖光】」
位置関係を計算して僕の背後で放たれた【聖光】が無数の屍人を消し去る。しかし闇司祭は閃光の瞬間には位置取りを変えており目潰しとしての効果はなかった。
ふと気が付いた。何故だか無性に気力が減衰している感じがするのだ。瑞穂にも同じような症状が出ており攻撃をしているというより二人して必死に防御しているといった感じになっているのだ。疲弊で動きが鈍くなった感じとも違う。
「随分とタフだねぇ。効きにくいようだしそろそろ極めにいこうかね」
闇司祭がそう呟くとさらに剣舞が激しくなる。どれだけタフなんだ。
「神よ。この者のら頭を拘束したまえ。【束縛】」
闇司祭が闇の奇跡を願った瞬間、視野が暗くなり音が途絶えた。
マズい。
気張れ!
必死に得体も知れない何かに抗う。その甲斐もあり視覚と聴覚が戻った時には三日月刀が僕を袈裟斬りにしようと振り下ろされている最中であった。
あ、これはダメだと思った時だ。
妙に三日月刀が振り下ろされる速度が遅いのである。恩恵の思考加速が発動していたのである。
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