46話 片鱗
切りどころが見つからずほぼ2話分の文字数になっております・
「何をするんだ!」
思わずそう叫んで片手半剣の柄に手がかかる。
「なー。坊主たち。人様の獲物を横取りするとか冒険者の規約を理解していないようだから、これから俺ら先輩たちが教育してやろうっていうんだよ」
そう言ったのはまとめ役らしいおっさん戦士が下卑た笑いを浮かべる。それに釣られてなのか取り巻き達も同じような下卑た笑みを浮かべる。
手練師風の男が抑え込んだ和花を引きずって主犯格の元へと移動するのを今は黙ってみている。
彼らは武器を抜いていないがこちらの動きには注目している下手に動くことで刺激したくはない。そうこうしているうちに和花は主犯格の手に渡る。
和花の両手首を片手で掴んだ主犯格が引寄せようとするが必死に抵抗する。しかし非力な和花が振りほどけるわけもなく抵抗は空しく思われた。
暴れる和花の顎に手をかけ覗き込む主犯格のおっさんを睨む。
全身を舐め回すように眺め、
「…………ふむ。貧相な体つきだが美しい顔立ちだ。それに知性の宿った良い瞳だ。そこらの阿婆擦れ冒険者にはないな。これはお貴族さまに高く売れる」
おっさんがそう漏らした。
「お頭ー。せめて味見くらいしてからでも…………」
取り巻きの一人が下卑た笑みを浮かべるとそれに釣られたのか他の者も下卑た笑いを漏らす。
涙目で嫌がる和花が、彼らのちんけな嗜虐心にさらに火をつけたようにも思うが今は我慢して欲しい。
「こいつは大事な詫び賃代わりだ。溜まってるなら、分け前で私娼抱くなりそこの男どもでも掘ってろ」
「まーそれでもいいか。いい声で鳴きそうだしな。ヒヒヒヒ」
その男は下卑た笑いを上げ僕らを舐め回すように眺める。
正直悪寒が走った。
限界だと思った。
ふと視線を動かすと和花と目があった。察したのか暴れていた和花が大人しくなる。
「なんか二人の世界ぃー? とか作っちゃってぇー自分たちの置かれている状態分かってんのかぁー? あぁん?」
取り巻きの若い男の一人が妙に凄んで近寄ってきて掴みかかろうと右腕を伸ばしてくる。
その右手首を左手で掴み斜め上方へと引きあげる。予期せぬ動作に体幹を崩したところに反時計回りに身体を回転させて膝を曲げおぶるように相手の懐に入り込み膝を跳ね上げ前方へと倒れる感じで叩きつけるように投げる。
くぐもった声をあげる若い男に対して素早く体勢を整え無防備に晒している喉元に強烈な踏みつけを見舞ってやる。
「な…………なんだ。今のは…………」
一瞬の出来事におっさん共は動揺が走る。
「風の精よ。こいつに風を撃ちつけて!」
動揺した一瞬の隙をついて和花の放った初歩の風の精霊魔法【風撃】が腕を掴んで離さない主犯格の顔面を捉える。予想外の反撃に思わず手を離してしまい、その隙を和花は逃さずに僕の後ろに逃げ込む。
さて、後は暴れるだけだ。
「うぉりゃぁぁぁぁぁっ」
雄たけびを上げて健司がカバーのかかったままの三日月斧を振り回しながら右側の冒険者一党へと襲い掛かる。
最初の犠牲者は若い戦士風の男だった。大振りの一撃が側頭部に決まり叫び声もなく崩れ落ちる。 間違いなく顔面の骨は砕けている。あれは死んでるかも…………。
「綴る。創成。第一階梯。幻の位。囁き。誘眠。誘導。大気。変質。発動。眠りの雲」
健司の突貫に合わせて後ろから和花の呪句の旋律が耳に飛び込む。
正面にいる主犯格の一党を狙ったようで崩れ落ちるように倒れていく。
「おい、貴様ら!」
主犯格は抵抗したようだ。慌てて取り巻きどもを起こしにかかろうとするがそんなことはさせない!
【眠りの雲】の魔術は完全に効果が発揮されるまで若干の誤差があるのだ。
「なっ」
一瞬で僕が目の前に移動し突きが頬を掠めた事に焦ったようだ。
僕の行なった行為は別に魔術的な事でも超常現象でもない。
こっちの世界では武技と呼ばれる技で大隊の流派が差異はあれど教えるの歩法の【疾脚】という立派な戦闘技術である。要約してしまうと動き出しを悟らせず間合いを詰める技術の事だ。別に転移したわけでも急加速したわけでもない。一瞬で近寄ったように見えるのは目の錯覚だ。
両手持ちにした片手半剣で刺突することで1.5サートくらいまで攻撃範囲が広がるメリットもある。
初撃は取り巻きを起こさせないためにワザと外したけど次からは本気モードだ!
慌てて腰の広刃の剣を抜こうとするが、そんなことはさせない。
主犯格の右手が柄を握り抜剣しようとした瞬間に振り下ろし気味の左の掌打を柄頭に打ち込む。
抜こうと思った瞬間抑え込まれた事で焦ったのか思いっきり後方に飛び退いた。だが結果的にこの行為が彼の命を救った。
左腕を戻す反動を利用した僕の右の横薙ぎが避けられただけでなく、眠り始めていた取り巻きの一人に主犯格が引っ掛かり後ろに転倒してしまったのである。
しかも転がったタイミングで間合いが外れ起き上がるタイミングに合わせて抜剣してしまったのである。
運が悪い。
主犯格の方は武器を抜いたことで気持ちに余裕が戻ってきたようだ。
「坊主。いい腕だな。うちで働かないか?」
しかも勧誘ときたもんだ。しかしお前は和花に下卑た笑みを浮かべた。万死に値する。比喩的表現だけど。
「断る!」
今の問いは時間稼ぎだったのだろう。返答した瞬間に斬りかかってきた。
その上段から斬り落としを身体を横に捌いて躱しつつお返しとばかりに右片手袈裟斬りを見舞うも素早く体勢を立て直して鍔元で受けられてしまった。そのまま鍔迫り合いへと持ち込もうと思うものの押し込んでもビクともしない。膂力で完全に負けているようだ。
位置を入れ替えつつ鍔迫り合いを続けるものの事態が好転しないので仕切りなおすことにした。
師匠直伝の足払いをいれると意表を突いたのか慌てて後ろに飛び退って距離を開ける。
「若いのに随分と足癖の悪い坊主だ」
主犯格に余裕が戻ったように思えたのは、僕の後ろで取り巻きたちが起き上がるのを確認したからだろう。
「樹くん!」
和花の悲鳴に近い叫びにほとんど反射的に逆手に持ち替えた片手半剣を後ろへ突き出す。
「えっ。なんで?」
不意打ちをする予定だった筈の男は自身がどうしてそうなったか理解できず串刺しにされた自身の腹を見て間抜けな声を上げ倒れた。
なぜか思考がクリアになっていく。余計な雑念が飛んでいきそれに代わって足音、空気の流れなど様々な情報から今の僕には取り巻きの位置関係や動きが見ていなくても手に取るようにわかる。先ほどのそこに突き出せば当たると理解できたから振り返りもしなかったのだ。
「こいつ結構強いぞ。お前ら纏めてかかれ!」
まとめ役の号令で一人では埒が明かないと3人まとめて斬りかかってきた。
同時攻撃と言えばすごい事だが、実際には挙動がバラバラで連携も取れていない。突き攻撃をしてきた取り巻きを左腕の刃留めで受流しで軌道を変えてやり別方向から斬りかかってきた取り巻きと相打ちさせる。もう一人の取り巻きの斬撃は鍔元で受止めて勢いを殺した後で、片手半剣を動かし柄頭を手首に振り下ろす。
流石に骨が折れることはなかったようだが、武器を落とし手首を押さえてもがいているところを前蹴りで蹴倒しオマケとばかりに踏みつけで黙らせる。とりあえずお互いを深々と刺し合ったふたりと踏みつけで黙り込んだこいつは戦力外だろう。最初に投げ飛ばした奴もまだ戦闘できる状態ではない。最初に突きで仕留めた奴も死んではいないようだが結構な出血のようだ。
あとは…………。
ひとり寝た振りをして隙を窺っている男がいる。和花を捉えた手練師っぽいおっさんだ。
「参ったね。ガキ4人に四一党が壊滅かよ。こりゃー噂とかされちゃって恥ずかしくてオジサン生きていけないわ」
お、降参してくれる?
だがその期待は裏切られた。
「こりゃーホンキ出すしかねーなっ!」
そう叫んだと思ったら目の前で広刃の剣を振り上げていた。それが振り下ろされる。
このおっさんも歩法を使うのか!
「ちっ。【孤影】まで使えるのかよ。その若さですげーな」
【孤影】という技は知らないが恐らくおっさんが使う流派の技なのだろう。攻撃が命中する刹那を見切り回避する事で対戦者には斬ったと錯覚させるのだが…………。
「なら、これはどうだ!」
主犯格の袈裟斬りを避けようと思ったが予想以上に鋭く回避は無理と判断し右手で持っていた片手半剣の鍔元で受止めを行う。師匠には緊急時以外は剣が痛むから止めるようにと言われていたが今回は仕方ない。
だがここで致命的なミスを犯してしまった。
受止めが決まったことでひと安心してしまったのである。
その隙を逃すほどこの主犯格は甘くなかった。
広刃の剣を絡みつかせるように手首を返すとその流れに釣られて僕の片手半剣が手から落ちてしまったのである。武器落としという高等技だ。
慌てて予備の小剣を抜こうとするが強打によって弾き飛ばされてしまう。
「樹くん!」
「大丈夫!」
後ろにいる和花が心配したのか声をかけてきたがまだ大丈夫。
奥の手を使う前に腰の投擲短剣を抜き放って器用に後ろに投擲する。
その投擲短剣は後ろから忍び寄ろうとしていた男に突き刺さった。先ほどまで寝た振りをしていた取り巻きだ。
刺さった場所は分からないが大人しくなったのでヨシとしよう。
「なかなかの曲芸を見せてもらった。では俺もひとつ面白い芸を披露してやるとしよう」
そう主犯格は言うと、足を広げ腰を落とし広刃の剣を逆手持ちに変え右手を引く。なんか厨二的構えだなーとか思っていたら、
「行くぞ。死ぬなよ」
態々そう警告した後に横薙ぎに振り切った。
その主犯格の表情に警鐘を鳴らしていた。ウッカリしていたが後ろに和花がいる。ジリジリと場所を変えていたのに気が付かなかった!
正体はすぐにわかった魔闘術の【飛翔練気斬】と呼ばれる体内で練った体内保有万能素子を刃状にして飛ばすという格ゲーみたいな技だ。原理そのものは魔術師の【魔力斬】と全く同じである。対抗策も同じだ。
避けるか受けるか相殺するかだ。
射程は使い手に依存だが躱せば和花が危ない。
ここは自分を信じて相殺するしかない!
魔闘術については一応師匠からレクチャーは受けている。魔術師でもある僕は特に問題なく使えるのだが、実は実戦でも訓練でも使ったことがない。
何故なら時間的な余裕がなかったからだ。
僅かに遅れたが収束させた体内保有万能素子を手刀に乗せて振り抜く。それと同時に激しい眩暈と倦怠感が襲い結果を見ることなく意識がブラックアウトした。
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