440話 王城ヘ③
先陣を切った瑞穂は巨漢の大剣使いが攻撃動作が整う前に間合いを詰めると[透過の刃]を二閃して走り抜ける。 そして振り返りもせず左の太腿鞘から三本の棒手裏剣を背後に投擲する。
巨漢の大剣使いの無防備な背中に突き刺さる。
そしてようやく身体を捻るように大剣を振り下ろすがそこにはすでに瑞穂はいない。
傷が深いのか巨漢の大剣使いの右大腿部からは結構な出血があり以後軸足としての踏ん張りは期待できない。
またこうなってしまうと背中の棒手裏剣の傷も致命的だ。大剣を振り回すたびに背中が引き攣る。更に瑞穂は小柄すぎて攻撃が振り下ろし中心の単調さとなるため地面に叩きつけるような攻撃ばかりとなりあっさりと回避される。焦りからさらに大振りな攻撃となりそれらの攻撃を紙一重で見切りつつタイミングを見計らって二閃し大剣を持つ両腕を斬りつける。
一撃の傷は浅いが出血が続き巨漢の大剣使いは良いところがないまま力尽き地に伏した。
長槍使いと九重のほぼ同じタイミングで詠唱に入る。
「戦乙女! お前の輝く鎧を纏わせろ! 【戦乙女の祝福】」
「戦乙女! お前の投槍を放て! 【戦乙女の投槍】」
詠唱は僅かに九重の方が完成した。光輝く鎧が九重を包み込むと長槍使いの命じた【戦乙女の投槍】が突き刺さり霧散する。
驚く長槍使いが硬直したわずかな隙に九重は走り出す。
長槍使いが再び【戦乙女の投槍】を命じ先ほど同様に霧散すると慌てて長槍を構えて刺突を繰り出す。三突き目で光の鎧が霧散したがそこまで持てば充分であった。既に九重の間合いだったからだ。長槍使いは慌てて詠唱に入る。
「戦乙女! お前の輝く――――」
「遅ぇ!」
渾身の右の打ち下ろしが長槍使いの顎のを打ち抜く。撃たれ強いのか長槍使いはふらつきながらも長槍を構えようとする。それが悪手であったとは思わずに。
九重は右の打ち下ろしを振り抜いた勢いで上体を屈めつつもう一歩間合いを詰める。そこは超近接戦の距離だ。下半身の力を集約し伸び上がるようにフック気味の軌道で左拳を隙だらけの鳩尾に叩き込む。歩法の【離脚】、手撃の【剛手】からの【剛昇手】という[金剛闘流]の繋ぎ技が見事に決まった瞬間であった。長槍使いは倒れ伏し悶絶している。
九重は長槍を蹴り飛ばした。
「綴る、八大、第三階梯、攻の位、閃光、電撃、紫電、稲妻、――――」
長杖持ちが勝利を確信し詠唱を完成させる直前に和花の策が発動する。
「発動。【万能素子消失】」
略式魔術として脳の未使用領域に書き込んでおいた【万能素子消失】であった。一定の範囲の空間万能素子を消失させる魔術である。
これにより発動直前の【電撃】は霧散する。長杖持ちは大慌てで長杖を投げ捨て恐らく護身用として飾り同然の小剣を抜き放つ。
和花の方は[世界樹の長杖]の先端に光剣を出現させ更に間合いを詰める。最初から魔術勝負ではなく接近戦で対処するつもりなのであった。
世にいう冒険者の最低限の護身能力程度では和花の棍術に対処は出来なかった。光刃で突かれ切り裂かれやがて倒れ伏す。
「死の神よ。あの異教の小娘に石の呪縛を!」
闇司祭の祈りは通じたのか走り寄るアルマの足先から石化が始まる…………かと思えば効果は霧散した。抵抗したのだ。
「なんという信仰力」
闇司祭は驚嘆の声を上げると凧型盾を突き出すように構えつつ軽槌矛を構える。
「法の神よ! 聖なる光を!【聖光】」
アルマの祈りに応じ眩い閃光が闇司祭の目を射る。本来は対不死者に用いる奇跡だが閃光で目潰しにも使えるのだ。
「目が〜、目がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
武器を手放し今更ながら両手で目を覆う。そこへ逆手で小剣を突き出すように構えたアルマが無防備な闇司祭の胸元に身体ごと飛び込む。高品質の材質を用いた小剣の切っ先は吸い込まれるように筒状長鎖衣を突き破り心臓を貫いた。
軽槌矛を取り落とし闇司祭は足掻く。
「死の神。我が命と引き換えにこの者に衰弱の呪いあれ。【死の呪い】」
しかし最後の祈りが届くことはなかった。
左右から繰り出される広刃の剣の斬撃は女戦士の体躯と怪力と相まって一撃でも貰えば戦闘不能は確実であった。ただし当たればの話である。
力任せの左右の斬撃は人体の構造上斬撃の軌跡が読みやすく【刀撥】の技を以って微妙に軌跡を逸らしてやるだけで戦闘をコントロールしていた。傍から見れば必死に防御しているように見えるが完全に僕の制御下である。そうは言っても僅かなミスがあれば強力な一撃は僕の手から得物を取り落とすことになるだろうから油断はしていない。
気が付けば他の四人は戦闘不能になっており手の空いた瑞穂が女戦士の背後へと廻ろうとしていた。目が合うと『処す?』と無言で訴えかけて来たけど無視する。
正直言えば気が乗らないけど追い込むことにした。
あと少しで良い一撃を入れられそうな状態が続き焦りからか右の大振りを【刀撥】で往なした後に片手持ちにし手首を返し女戦士の右手首の内側をスパっと斬る。ここは普通の対人戦では攻撃が受けにくい箇所であり安物の防具では防御力が低いのである。
僕の一撃は腱を切断し出血と共に広刃の剣を取り落とす。
「降参する?」
ようやく女戦士は自分が置かれている状況が理解できたようで広刃の剣を握る左拳が震えている。
差し詰め怒りと恥辱に震えているのだろうか?
獣のような雄たけびをあげると残った左腕だけで闇雲に広刃の剣を振ってくる。右側がガラ空きである。
僕は女戦士の一撃を避けたタイミングで打刀を右薙ぎに振る。しかしそれは予想していたのか使い物にならない右腕でガードしようとするもそれは叶わなかった。
突如、斬撃の軌道が変わり何が起こったのか理解していない表情の女戦士の首が宙を舞う。
[飃雷剣術]中伝【雷刃】である。
僕は打刀を一振りし血脂を落としたのちに納刀した。
「それにしても黒の勇者との背後関係がさっぱりなんだけど…………」
少し思案してみるが答えは出そうにない。
取り合えず先に進むことにした。
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