423話 マルデーン師
「寒い、それに臭すぎる……」
【転移】のポイントを記憶するためにフリューゲル高導師に連れられ到着した際の最初の感想がそれであった。
ここは南方最南端の国であるアサディアス王国の王都アルディアの一角にある賢者の学院。そこを囲う市壁の上である。後ろには賢者の学院の象徴でもある三本の塔が聳え正面には所々崩れた市壁と無秩序に建てられた仮設住居や天幕が広がる。
中原の諸都市に比して衛生観念が著しく乏しいのか町は様々な廃棄物で捨てられており街路は土がむき出しとなっており雨が降ろうものなら排水処理もままならず一面ごみの海と化すだろう。
南の平均寿命は24歳くらいと言われており教育も行き届いていない。中原民族が南方民族を未開の蛮族と揶揄する所以でもある。
賢者の学院の敷地はゴミが見当たらないものの敷地外からの漂う臭いだけはどうにもならない。
現状を憂いて施そうとする慈善異家は何時の時代もいた。しかし数世代に渡る教育による意識改革など予算が異次元レベルであり絶望と共に逃げ出してしまうのだ。
上の世代はそういうのを何度も見てきており篤志家と呼ばれる者たちを信用しなくなっているのもある。
法整備も進んでおらず何らかの力ある人物がやりたい放題である。そんな現状に突如現れた黒装束の人物がこれまでなんらかの力で得ていた利益を力で強奪する様は多くの南方民族に歓迎された。
ただ調子に乗ったのか黒の勇者はやりすぎた。商業の神を信奉する真っ当な商人まで襲ったのである。
その為か南方でしか栽培されない香辛料や珈琲や加加阿などの輸入が滞っている。
依頼主は商人組合と商業の神神殿の合同であり僕らは不本意ではあるが黒の勇者を捕縛する事となったのである。
暦では春の後月の後週になるが、ここは南半球であり地軸の関係で季節は逆転する。空気が若干薄い事と万能素子が薄い事を除けばほぼ僕らの故郷と差がない。
残った面子には冬物の衣類を準備するように言おうと決め拠点へと【転移】で戻る。
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「風乙女よ。風を吹かせて」
あまりの臭いに到着早々に自然崇拝者の巫女たるアリスが風乙女を呼び出し僕らの周囲の悪臭を吹き散らした。
「助かったよ」と礼を述べ、フリューゲル高導師の案内に従いアサディアスの賢者の学院責任者たる最高導師であるマルデーン師に挨拶に伺う。
賢者の学院の内部は外部の臭いを誤魔化す為なのか香が焚かれており嗅ぎなれない臭いに若干の不快さを覚える。
その態度に気が付いたのか錬金魔術に精通する和花が香の正体にいち早く気が付きそっと僕の耳に口を寄せる。
「これって鋭感香ね。中毒性があるから後で対抗薬を用意するわ。それまで我慢して」
そして何事もなかったようにそっと距離を取る。さり気なく周囲に気を配るとなんかやたらと注目されている。確かに個性的な構成の面子だとは思うけど……。
「賢者の学院は選民思想の他に排他的な面もあるので余所者を嫌う傾向があるんですよ」
そう囁いてくれたのはアルマである。
程なくしてアリスの呼び出した風乙女が鋭感香の香りを吹き飛ばしてくれたので不快感はなくなった。
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「なんなの! あの男は」
面会が終わり宛がわれた宿舎に到着するなり和花が爆発した。瑞穂にアルマにアリスも同調して憤慨している。
和花らの怒りの矛先は賢者の学院の最高導師であるマルデーン師の事である。
「すまないね。昔はあんな人ではなかったのだけど……」
そう言って頭を垂れるのはフリューゲル高導師である。
優秀な八大魔術師でありアサディアス王国の宮廷魔術師でもあるマルデーン師と聞いていたが話した印象は単なるエロじじぃでしかなかった。
うちの女性陣を秘書という名目の愛妾として囲いたいなどと言い出したのである。終始女性陣を値踏みする目線であった。
そのうえ黒き勇者の行動には無関心であり、こちらの協力要請にも消極的であった。
黒き勇者が謳う平等がどのあたりにあるのはっきりしないが金持ちか余程賢い者しか受け入れない選民思想の塊みたいなこの賢者の学院が狙われない筈がないのだけど……。
そのあたりはどう考えているのだろうか?
非協力的であったが宿舎を貸してくれただけでもありがたいと思う事にした。
しかし町は不衛生だしどうやって黒き勇者を捕えようかねぇ。
恐らく南方民族は非協力的だろうし多くの商人は逃げ出しており現在町に居るのは独立商人くらいだろう。
そう言えばまだ王城も被害がないという話だったな。あまり関わりたくないけどマルデーン師に陛下への面会予約をお願いしてみるか。
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