43話 予期せぬ区画主討伐戦
2019-02-04 誤字修正
「綴る。付与。第一階梯。守の位。守備。防御。硬質。緩衝。対象。拡大。発動。防御膜」
前衛を担当する健司と隼人に【防護膜】の魔術をかける。この魔術は魔力による全身を覆う膜によって斬撃や打撃を少しだけ和らげる効果がある。
「しんどい…………」
未熟な僕が短時間に魔術を連発したため脳がその処理で悲鳴を上げているのであろう。だが自分の判断でこの危険な手助けに加担するのである。
この程度で音を上げる訳にはいかない。
次なる魔術の準備に入る。だが、その前に————。
一応後ろを確認する。
敵対生物などは見えない。
他の冒険者たちが来る気配もない。
師匠は泰然としている…………。放っておいても問題なさそう。
瑞穂は何故だか動揺もなく淡々としている。元々普段から感情の起伏は薄かったからある意味で正常ともいえる。
でもあんなに肝が据わってたっけ?
「すまない。この恩はあとで必ず!」
迷宮内は原則左側通行の暗黙の約束があるために彼らは下水路を挟んで僕らの反対側の右側の通路を走り抜けていく。
その際にリーダーらしき戦士が礼を言ってくるが、果たしてお互い無事に帰れるのかね?
そんな事を思案していると————。
「うおりゃぁぁぁぁぁぁぁっ!」
健司の雄叫びと共に三日月斧が横なぎに振るわれる。その攻撃は対大型生物戦のセオリー通りで冒険者を追撃していた区画主の正面からではなく側面に回り込んでからの一撃だ。
移動中の大型生物相手に正面から迎撃とか自殺行為だし、質量差で弾き飛ばされるのがオチである。ましてや区画主は普通車よりデカいのである。
健司の渾身の一撃は区画主の右前肢を吹き飛ばし体液をまき散らす。変異性超巨大黒蟲は今の一撃で標的を逃走中の冒険者から健司へと切り替えたようだ。
予定通りではある。
警戒すべきは強力な大顎による噛みつきと質量差を生かした突進や押さえつけだ。動きに関しては冒険者を追跡してきて動き回るには狭い通路に入り込んでしまった事もあり、飛翔も素早い移動も困難だろう。
健司が巧く立ち回れば時間の問題のはずだ。
むしろ取り巻きの超巨大黒蟲の方が厄介だ。
区画主の後ろにいた取り巻き…………超巨大黒蟲六匹がカサカサと近づいてきた。
そのうち二匹が追っていた冒険者達の方を追撃するようで僕らに向かってきたのは四匹になる。さらにそのうちに一匹が健司に襲い掛かるが、三日月斧の一撃でザックリと頭部を割られる。そのまま下水に落ちてもがきながら流されていくが、あれでまだ生きているらしい。もっとも主脳を失っているので動いている理由として身体を動かすための補助脳が最後の命令を実行しているだけで体内に貯めた栄養を失えば死亡する。
「すまない。そっちに二匹いった!!」
逃走していった冒険者達に声をかけてみたが返事は聞こえない。
まーこっちもそれどころじゃない。
壁伝いに区画主を乗り越えて僕らへと向かってくる超巨大黒蟲は全部で三匹にまで減った。
先頭のそいつを隼人が先制で小剣を突き刺す。動き自体は単調だからタイミングさえ合えば…………。
「あっ!」
だがそいつは悪手だと思った時には隼人は転がされていた。超巨大黒蟲の勢いを殺せなかったのである。
頭部に小剣が突き刺さった超巨大黒蟲は隼人を跳ね飛ばした後そのまま下水に落水した。
そして頭部に小剣を突き刺さったまま流されていく…………。
気が削がれている僕のところに二匹目の超巨大黒蟲が飛来してくるのを反射的に下から突き上げるように片手半剣で串刺しにする。
巨大蟻より柔らかいしギ酸も吐かないし、生理的嫌悪感を除けばコイツの方が楽かな。
ただ串刺しにしたはいいけど結構重いうえに暴れるので重みで押しつぶされそうだし、黒蟲の大顎が僕を頭を噛み砕こうと暴れるのである。余計につらい。
暴れるのを抑えつつ頭上からの噛みつきを避けていると————。
「綴る。付与。第一階梯。付の位。回避。流動。不可視。魔盾。発動。不可視の盾」
後ろから最高のタイミングで和花の支援魔術が僕にかかる。【不可視の盾】が黒蟲の大顎をわずかに弾く。
その隙に何発か前蹴りの要領で隙間を作り根元まで突き刺さっていた片手半剣を引き抜きつつ思いっきり蹴り倒す。
いい感じにひっくり返った超巨大黒蟲を隼人がもう一本の小剣で頭部を突き差す。
頭部を失っても黒蟲は即死しない。ひっくり返ったまま暴れているがもう脅威度はほぼないので放置。
「三匹目は?」
そう呟きつつ四方を確認すると師匠の目の前に細切れにされた三匹目がいた。
よし! 予定通り。
手は出さないと宣言していたが、今は足手纏い扱いの瑞穂を守るために対処してくれるだろうとは思ってた。
もっとも後でこっぴどく怒られそうだけどね。
戦況的には健司が予想以上に苦戦している。巧みに区画主の攻撃を掻い潜っているが、足場が通路のみと狭く区画主は黒蟲だけに瞬発力は高い。何度か避けきれずに壁に叩きつけられている。時折三日月斧を命中させて削っているがやはり体がデカイ=打たれ強さが半端ないって事なんだろう。倒せそうだけど時間がかかりそうだ。力任せの大振りが得意な健司にとってはストレスがかかっているだろうなと雑になっていく動きに見て取れる。
和花は魔術師の長杖から投石紐に持ち替えている。区画主がデカいので後ろから投擲でも痛痒を与えられるはずだ。
魔術は温存してもらいたいのでいい判断だ。
そばにいる隼人に耳打ちする。
「わかった」
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