41話 これはある意味で地獄だ。
2019-06-15 誤字修正
「いやぁぁぁぁぁぁっ!!!」
それに遭遇した途端和花の悲鳴が下水路に響き渡る。和花が虫を苦手にしているのは知っているが、隣で悲鳴をあげられると流石に耳が痛い。
僕らは迷宮に入って八半刻ほど下水区画の広い下水路の両端にある幅1サートほどの通路を歩いていた。討伐した対象から万能素子結晶を取り出して、それを買い取ってもらうことで生活費としている此処の冒険者達は買取価格の下落の為なのか、かなり必死に狩りをしているようで入り口付近ではまるっきり遭遇しなかった。正直に言えばそれが拍子抜けだったのだろう。気が抜けた状態でちょうどT字路状の下水路に差し掛かった時…………そいつが左側から姿を現した。
それは艶のある黒褐色をしていた。三対六脚、長い一対の触手を生やしていた。日本帝国でも台所などで見かけるそいつは…………。
だが流石は異世界というべきかカサカサと大きさのわりに素早いそいつは黒蟲と呼ばれる種類で体長が0.25サートにも及ぶ巨大黒蟲だった。
しかも単独ではなくかなり大量にいるのである。
迷宮の掃除屋とも揶揄され、活発でよく飛び攻撃的であると言われていて、不意を突かれた僕らは先制されてしまったのである。
体長が0.25サートにも及ぶ巨大黒蟲が飛んで襲ってくるという状態に生理的嫌悪感からパニックになっていた。
しかしそれを冷静に対処したのは健司だった。
飛翔して襲い来る巨大黒蟲を三日月斧の一振りで斬って落とす。
頭部をザックリ割られた巨大黒蟲は通路でピクピクと痙攣しているのを蹴り飛ばして足場スペースを確保するあたり至って冷静のようだ。
健司が三日月斧を振り回すたびに一匹また一匹と撃墜され、それを隼人が素早く処理していく。随分と二人の呼吸があっている。それに比べて僕は何もできていない。
「ここは下水路からも襲撃されることもある。油断はするな」
やることが見つからず焦燥感に駆られていた僕に対して師匠が注意してきた。どうやら見透かされているようだ。
やはり健司は強い。
三日月斧の一撃は僕には出せないし、板金軽鎧の防御力は巨大黒蟲程度じゃまず抜けない。
「樹は雑魚狩りには向かないんだから大人しく健司と隼人に任せておけばいい。あの二人は割りと近視眼な思考だから樹が後ろから手綱を握ってやるんだぞ」
師匠は一党のリーダーなんてそんなもんだって言って締めくくった。
指摘されて気が付いた。
下水路を挟んだ右側通路にも黒蟲が居たのである。ここは幅も広く松明の明かりが届かない範囲も多い。感覚的に視認距離に突然現れたような錯覚を覚える。
「もうやだっ! 帰る!」
それの存在に気が付いた和花が心底嫌そうに言う。もちろんそう言って帰ることはないのだけど…………。
一方瑞穂は実に静かだった。いや、淡々としているというべきだろうか?
右側から姿を現したのは明らかに今までのより巨大な黒蟲だった。下水路を挟んでいるがここは天井も高くそして奴らは飛翔する。
和花の生理的嫌悪感はわかる。
「ほう。超巨大黒蟲か。このあたりで見かけるとなると…………ヤツが近くにいるのか? あれは流石に健司でも咬まれると危険だ。遠距離から削ってやれ」
師匠に言われて慌てて魔術師の棒杖を取り出す。完全に近接戦闘しか頭になかった…………。
「火蜥蜴よ!お前の舌であいつを焼きつくして!」
先に魔法が完成したのは和花だ。
和花が左手に持つ松明から火弾が飛ぶ。精霊魔法の【炎弾】だ…………。って黒蟲を焼くの!
「綴る。創成。第1階梯。攻の位。光矢、誘導、瞬閃、発動。魔法の矢」
そう思ったが疑問は声に出さずに遅れを取り戻すために僕も呪印をきり呪句を唱え初歩の攻撃魔法である【魔法の矢】を放つ。
赤と白の矢が超巨大黒蟲へと突き刺さる。
【炎弾】が突き刺さった際に体表の揮発性油分に引火したからだろう。だが如何せん相手が大きすぎる。引火しつつもそのままこっちに飛翔してくる。
体長0.5サートにもなる炎に包まれた超巨大黒蟲が自分たちに向かって飛んでくるのである。恐怖心に捕らわれて当然だろう。
実際僕らは嫌悪感と恐怖心から一瞬思考が固まった。
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