幕間-26 新しい組織の体制と ③
幕間は一旦終わって次話から本編に戻ります。
雑務の処理は深夜にまで及び気が付けば執務机に突っ伏して寝落ちしていた。時刻は二の刻判である。この時期はまだ日の出前であるが使用人などはそろそろ起き始めて仕事を開始する時間だ。
寝なおすには遅すぎる時間なので諦めて立ち上がり柔軟運動を始める。これはうちの共同体では基本中の基本である。
四半刻ほど身体を動かすころには小腹が空いてきた。しかし朝食は三の刻なので実に中途半端な時間である。
どうしようかと迷っていると法の神の神官見習いが慌ててやってきた。
彼女とはほぼ接点がないのでアルマの身に何かあったのだろう。そろそろ目が覚めたとかだろうか?
報告に来た神官見習いはやや混乱しつつも状況を説明してくれた。とりあえず目が覚めた事だけは判ったので部屋に向かうことにした。
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「あなた……誰?」
部屋に入った私の開口一番の台詞がそれであった。
いや、知識としてはアルマの身に起きた現象は知っていた。実際面影はある。神人族独特の特徴で二次成長期がくると一度肉体の成長が止まり身体を作り替える期間となる。凡そ10年前後で完了しその際に肉体は幾分歳を取る。
15歳ほどに見えたアルマも今は20歳である。羨ましい事にここから百年以上は老化とは無縁となる。
「驚いた? もっとも私自身も驚いているのだけど……」
「知識として知っていたけど……」
「神人族なんて今や絶滅危惧種だものね」
「急激な身体の変化に違和感はないの?」
「身長とか伸びて目線とか違和感はあるかな。あと服が着れなくなった」
そう言ってアルマはその美しい顔を緩める。そして気になっていたであろう本題を切り出す。
「ところで私が眠ってる間の事を教えて?」
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「――。なるほどね」
見聞きした事、愚痴、推測などを交えた話を四半刻ほど聞き何か思い至ったのか寝台から降りるとややよろよろとした足取りで部屋から出ていこうとするのを慌てて肩を貸す。
「ありがと。流石に寝たきり状態からいきなり動くと足元が不安ね」
肩を貸すとそう言って微笑みを浮かべる。
アルマに請われて移動した先は樹くんが寝ている部屋である。薄暗い部屋の中には昨夜から番犬宜しく瑞穂ちゃんが寝台脇に座り込んでいる。
アルマは寝台脇まで歩くと膝をつき首からぶら下げていた聖印を手に取ると祈りを口にする。
「法の神よ。この者の魂の在り様を示したまえ。【魂呈示】」
祈りを終えると僅かに光を放つ右手を樹くんの額にかざす。
「どうするの?」
しかし私の問いは黙っててという手信号で返された。
程なくしてアルマが口を開いた。
「魂に致命的な傷と穢れがあるわ。樹さんってもしかして何度か【死者蘇生】経験あるの?」
「何度かあるわ」
なぜそのようなことを聞くのだろうか? 訝しっていると答えを返してくれた。
「死亡した離魂しなければ蘇生が可能なのだけど、死亡回数が増すごとに魂が穢れを帯びてきて離魂率が上がるだけでなく運が悪いと穢れた亡者に転じてしまうの」
「穢れた亡者?」
文献で見た気がするけどこういう方面の知識は樹くんに任せっきりだった事もありピンとこない。
「生者に強い怨念を抱いており見境なく殺して回る亡者ね。生前の記憶はほとんどなくあっても歪んでいるか強い妄執くらいかしら。こうなってしまうと祓う以外の方法がないの。早めに分かって良かったわ」
「結構酷いの?」
「魂の穢れはどうにか出来るわ。問題は傷の方ね」
そう答えると再び祈り始める。
「法の神よ。この者の魂の穢れを払拭したまえ。【穢れ除去】」
祈りが終わると樹くんの身体がぼんやりと光りだす。程なくして光が収まるとアルマがホッと息をつく。
「これで当面は大丈夫よ。問題は魂の傷の方だけど……」
そう言った後に、「女は度胸よ」と小声で呟いた事に私は気が付かなかった。
アルマが深呼吸をすると気配が変わった。瑞穂ちゃんがアルマに視線を移す。
「法の神よ。降臨せよ。我に御手を貸し与えたまえ。【神格降臨】」
その祈りは唐突で止める間もなかった。圧倒的な霊圧に曝され思わず尻餅をついてしまう。
神々しいまでの神気を纏ったアルマの腕が樹くんに伸びる。
光がアルマから樹くんへと移っていきやがて消えていった。それと同時にアルマが崩れ落ちるように倒れる。
「アルマ!」
慌てており上りアルマを抱き起す。有難いとかラッキーと思いが浮かぶより流石に自分の存在を賭してとかシャレにならないと怒りが沸いた。
「だ、大丈夫。私の魂はまだ砕けていないわ。でも――――」
そこまで言ったのちに気を失ってしまった。
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「いや、本当にごめんね」
申し訳なさそうにそういうのはアルマである。あれから半刻程して突然目を覚ましたのである。
「本当に心配したわよ。で、神に何を願ったの?」
「樹さんの魂の修復よ」
アルマの返答に言葉が出なかった。神に至ったと豪語した魔術界隈だが魂の修復だけは不可能であったと先生から聞いていたからだ。
やはり人が神の域に到達する事は無理なのだろうか?
「お礼を言わせてもらうわ。でもこんなことは二度としないでね。アルマが死んだら私もそうだけど樹くんだって喜ばないわ」
「そう言ってくれるのはありがたいのだけど……恐らく次はないわね」
そう言ってアルマが理由を話す。霊的な傷というのは時間を置くことで僅かずつだが回復していくという。次に【神格降臨】を願い魂が砕けないほど回復している頃には如何ほどの年月が経っている事やらとの事であった。少なくても30年や40年の話ではないという。
「教団に怒られたりしない?」
「怒られるでしょうね。でも大丈夫よ。こうして無事なんだし」
「最悪の事態は考えなかったの?」
思わず出たその言葉はややきつい響きであった。
「もちろん考えたわよ。他に手段があったらそちらを頼るくらいにはね」
「済んだことをいつまでも言ってても仕方ないしもういいわ。他に問題はないの?」
「法の神を受け入れた反動も初回より負担は少なかったし今まで通りの生活であれば問題はないわ」
「それならいいわ」
これでこの話は一旦打ち止めとした。恐らくなんだかんだとネチネチと言いそうだと感じたからだ。
「ところで、和花にお願いがあるのだけど」
しばらく沈黙が続いていたところに唐突にアルマがそんなことを言ってきた。
「何? 無茶なお願いでなければ聞くけど……」
そう答えるとアルマは一旦樹くんの方に視線を移しこう言った。
「彼に【禁止命令】をかけて欲しいの」
「理由を聞いても?」
「霊的な修復を神にお願いしたと言っても一瞬で回復するわけではないの。少なくても一年は無理はさせられない。だから私が許可を出すまで彼に強化魔術などの過度に導管に負荷のかかる行為を禁じて欲しいの」
思案ししてみたものの樹くんの性格であれば口で言っても無理するに決まっているのでここは【禁止命令】をかけることを決意する。
部屋に戻りフル装備状態で戻ってきた後にアルマの【大いなる祝福】や私自身も自身に【魔力増強】などの能力向上を施し更に魔法陣儀式を組み上げる事で最大限まで魔力強度を高める。
精神を集中させ呪印をきり呪句をつむぐ。
「綴る、精神、第六階梯、呪の位、呪詛、拘束、精神、封印、罰則、条件、呪縛、強固、発動。【禁止命令】」
魔術は樹くんの基礎抵抗力を打ち破り呪縛に成功した事が分かった。
さて、禁止する内容だ。
「汝、魔力強化を禁ずる!」
術者にだけは禁止命令が受諾されたことが分かる。これで命令を破れば樹くんは死よりも苦しい苦痛が襲うことになる。
「これで良かったんだよね?」
誰ともなく確認してしまう。
「流石に自殺願望があるとは思わないからコレで良しとしましょう」
「ん」
私の問いにアルマが答え瑞穂ちゃんも肯定する。
グゥゥ……
三人のうち誰かのお腹が鳴った。気が付けば六の刻に差し掛かっていた。
「取り合えずお昼を食べに行きましょう。あとの事はそれからでも間に合うわ」
アルマの一言で私たちは揃って部屋を出て食堂に向かう。あとは樹くんが起きるのを待つばかりだ。
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仕事で昼夜忙しいうえに週末は両親の面倒を見に出張先から戻るので次話は早くても今月中には何とかと言ったところでしょうか。




