幕間-26 新しい組織の体制と ②
皇は腕の再生が終わるまで生活が不便な事もあって【永久の眠り】で寝かせてある。彼には悪いけど介助人をつけるほど人的資源に余裕がないので再生が終わるまで放置である。
ピナは鎮静の水薬の中毒から回復し現在では元気に女中仕事に走り回っている。新人に亜人族が居たことの影響も大きいのだろう。
アリスもピナ同様に鎮静の水薬の中毒症状から回復しており、いまは庭園の管理に精を出している。自然崇拝者であった事からなのか自然に身を置いていると落ち着くらしい。これまでは治療を担当してもらっていたけど治療担当はキーン医療魔導師率いる面子で事足りているので非常時以外は好きにしてもらっている。
例の潜水母艦で好き放題やってるハーン以下五名は何をしているかさっぱりである。そもそもこちらに顔を出さない。恐らくだけど白き王の襲来すら知らないのではないだろうか?
彼らと連絡とるための[転移門の絨毯]は旧事務所から引き揚げ現在では本館の地下室の一室に移してある。防犯上の事もあり扉は魔法で施錠してあるので基本的には樹くんか私かハーン以外は出入りできない。
倉庫街で御用聞きをしていた子供らはうちで雇うことにした。頭目のハンス以下15名は手癖の悪い子もいるが頭の回転も速い。うちで密偵をしてもらっているレルンの下につけて教育してもらっている。
ダグは客員としてやってきた武術集団に交じって鍛錬を行っている。我流の槍術に限界を感じているようだ。[雷迅棍術流]を応用できないだろうかと考えているみたいだ。
アルマは【神格降臨】の反動から回復していない。彼女の場合は死んでいるわけではないので食事を与えなければならないし、与えれば出るものもある。法の神から専門の介護要員を派遣してもらい世話をしてもらっている。
【神格降臨】の反動で魂に大きな負荷がかかり回復するまでの時間は過去の事例では一週間ほどかかるとの事なのでそろそろ起きるのではと思っている。樹くんが居ないとなると彼女が居ないとこっちの世界の事は判らないことが多い。
つくづく私たちは樹くんにおんぶに抱っこ状態だったのが分かる。一党の舵取りとして積極的にこっちの世界の事を調べていたのだ。構ってくれないなどとごねている場合ではなかったのだ。
最後に瑞穂ちゃんだ。
【精神破壊】の影響で死亡していないけど自律的行動は行わない。二度目の襲撃の際になぜあんな事が出来たのかは謎である。彼女は私の私室で寝かせており私が責任をもって面倒を見ている。
実は彼女を起こすだけならもっと早くできたのである。私が預かる[呪文貯蓄の指輪]に封入してある【完全解除】が一つだけ残っているのでそれで魔術を解除してしまえばいいのだ。ただ、一回分なのだ。それが問題であった。
所謂対抗魔術は打ち消したい魔法より魔力強度が高くなければ効果を発揮しない。私が無理を押して直接使うよりメフィリアちゃんに封入してもらった奴の方が確実性があった。
またセシリーにかけられた【石化の呪い】の方が解除する方法は複数の選択肢があり難易度も低い事からあえてすぐには使用しなかったのだ。
彼女というか、シュトルムには悪いけど私の中ではセシリーより瑞穂ちゃんの方が優先度は高い。そうは言っても面と向かってセシリーは諦めてとは言いにくい。先日の儀式が上手くいって良かった。
▲△▲△▲△▲△▲△▲
夜になり業務が一息ついたところで瑞穂ちゃんの解呪を試みようかと寝かせてある寝台へと歩いていく。不思議な事に瑞穂ちゃんは樹くんが預けた小剣を片時も手放さない。
自律的行動が出来ない筈と言われながらも取り上げようとすると僅かながらに抵抗するのだ。
「さて、始めますか」
そう呟き[呪文貯蓄の指輪]をはめる。そして命令語を唱える。
「三番、開放」
呪文貯蓄の指輪の第三スロットに封入されていた魔術が私の命令によって発動する。
その魔術を【完全解除】という。効果を発揮し暫く待つと瑞穂ちゃんの瞼が微かに動く。
程なくしてゆっくりと上体を起こすとゆるゆると周囲を確認する。そして私と目が合う。
「ここはどこ? 白き王はどこ?」
そう問いつつ右手は腰の小剣に伸びる。
「落ち着いて。ここは新しい拠点の私の部屋よ。瑞穂ちゃんは――――」
私はゆっくりと瑞穂ちゃんの身に起きた事と以降の顛末を語って聞かせた。
「ありがと」
語り終わると一言そう呟いた。先ほどに比べて声に鋭さがないようなので落ち着いたのだろう。相変わらず感情が読みにくい娘だ。そして再びきょろきょろと周囲を見回す。
「どこ?」
一瞬、どことはどういうことかと思ったのだけどすぐに思い至った。
「樹くんなら隣の部屋に寝かせているわ」
そう答えた途端に寝台から飛び降り無言で部屋を出ていく。一週間も寝たきりだったのだから万全な調子ではないだろうしと思って私も後を追う。そして隣の部屋の前でこちらを見て無言で佇む。
開けろという事ね……。
「開錠」
私は【強固の錠前】の魔法で施錠した際に設定した下位古代語の命令語を口にする。
カチリと開錠すると瑞穂ちゃんはするりと暗い室内に入り込むので慌てて追いかけると瑞穂ちゃんは寝台に近寄り樹くんの顔を覗き込んでいた。やがて右手が樹くんの頬へと伸び慈しむようにゆっくり優し気に何度も撫でる。その表情は……。
程なくして満足したのか寝台の脇にちょこんと座り込むのであった。
「私は部屋に戻るね」
そう声をかけ返事を確認もせず私は部屋を出る。雑務が溜まっているので処理しなければならない。
ブックマーク、評価、感想、誤字報告などありがとうございます。




