幕間-25③
あの日の翌日にはルイスは本当に魔法の契約書を持ってきた。内容を確認したのだけどこちらに不利益な事はなく秘密をばらせば彼はかなりの罰則を負うことになる。
その後は【変装】についてバレにくいコツのようなものと初歩的な幻覚魔術をいくつか教えてもらった。
ずいぶん親切な事ねと思ったのだけど恐らくルイスの頭の中では私は成人前に鑑賞奴隷として買われ夜な夜なアレなことを強要されていた哀れな娘という事になっているのだろう。
彼の目に今の私は過去を払拭するために懸命に魔術を勉強する娘という立ち位置に違いない。そういう娘に援助する事は良い事だなどと富裕層では考えられている。
申し訳ないけどその好意を利用させてもらいます。
私としては可能な限りここから逃げ出したいと考えている。その理由はルイスから得られたこの地域を取り巻く現状である。
赤の帝国と呼ばれるかつては東方東部域から中央部を支配していた一大帝国があった。しかしここ数代は愚帝と言われても仕方ない皇帝が続き散財の挙句に国力が低下し臣下の離反が相次ぎ落ちぶれたのであった。それがある時を境に強力な魔導騎士を何処からか調達してくるとかつて離反した都市国家を瞬く間に飲み込み版図を広げているのである。
戦争の名目は奪われた領土の奪還と占領地で苦心に喘ぐ臣民を救済する事という侵略者の在り来たりな文言であった。
かつての領土に存在したすべては赤の帝国の物とかいう寝言を以って攻勢は苛烈で逆らう者は皆殺しという徹底ぶりである。私のいる賢者の学院のある学術都市サンサーラも彼らの主張する領土であり近いうちに攻め入られる事になると言われている。
赤の帝国は東方の中南部地帯を平定すると物資や人員の入国を封鎖し現在は北進しているとの事だ。
どうりで婚約者や和花さんから連絡がこない筈である。
そしてもう一つ災難が。
北方を平らげ東方北部域の障害となっていた東方北部域の山岳地帯を乗り越えた神聖プロレタリア帝国もこちらに迫ってきているとの事である。当初は白き王が一時不在で進軍が止まっていたという話であった。ところが戦術を変えたのか最前線から退き狂信者たちを前面に押し出し物量で障害を排し突破したのである。
神聖プロレタリア帝国は信者以外の存在を認めないし赤の帝国は臣民以外は認めない。似たようなならず者国家に挟まれたのである。
合同親睦会以来やたらと距離感が近くなった男子生徒らを煙に巻きつつ私は逃げ出す準備に必死だった。彼らはこちらが争う姿勢を見せなければ戦いにならないと考えている。確かに戦いにならないだろう。一方的に嬲られるだけなのだから。
脱出の方法は四通りあるのだけど一つ目は魔術師としての実力不足で却下した。【転移】で逃げる事である。
二つ目の方法は魔導列車に乗ることである。しかし赤の帝国の領内を通過する際に検問をすり抜ける必要がある。見つかった場合の末路は想像したくない。
三つ目の手段が海路である。沿岸航海の二段櫂船で東方南部域まで逃げられれば一安心ではある。これの大きな問題は海賊の襲撃である。拿捕されたら末路はお察しである。
最後の四つ目は陸路でまっすぐ突っ切り東方西部域へと逃げる事だ。御者を含めて馬車を借りる事になる。問題はかつて似非聖女として活動を強いられていた地域を抜ける事と治安が悪くなった事による野盗の存在である。
フリューゲル高導師らと同伴しておけばと後悔したものの過去は変えられない。
婚約者さんから貰ったお金で護衛業務の冒険者を雇うくらいしか思いつかない。
冒険者組合で拾った噂話を信じるならここが戦場になるのは進軍速度から最速で春の後月の初めころだという話である。彼らも逃げる算段をしている。早めに契約をしないと困ることになりそうだ。
もうひと月もない。
魔術師組合の仕事は熟しつつ学生としての活動は最低限に絞り私は街に出て物資を買い漁りつつ冒険者を見繕っていた。物資の価格は三倍ほどに高騰しているし冒険者の護衛業務の報酬も倍くらいになっている。しかし多くの冒険者が男性のみ構成という事もあり依頼するに値する一党が見つからない。
焦るばかりである。
対象となる冒険者は女性の比率の高い一党か強い女性が率いる一党にする予定である。こんなご時世なので依頼者が金を持っている女一人だと冒険者が野盗に早変わりする可能性があるからだ。金目のものだけで済めばまだマシなのですが……。
気が付くと春の中月の中週も終わりに近づいていた。一応陸路の場合を想定して二頭立て四輪荷馬車の手配も済んだ。海路で行く場合の乗船券も手に入れた。
友人らは楽観視してる者が多く説得は諦めた。そこに割く時間が勿体ない。ルイスからは実家の商船で逃げようと誘いを受けたものの決断できずギリギリまで保留とした。
そんな中で護衛となる冒険者が見つかり契約が成った。共同体所属という事で報酬が金等級扱いであったものの褐色の肌で大柄な屈強そうな女性が率いる七人を雇うことに成功した。
彼女らは中原南部域の砂漠の民の若手衆であり見聞を広げるために乗騎である疾竜と共にここまで旅してきたという。ペンタズ氏族の若き女戦士であるハルカラという名だそうだ。
ハルカラは護衛業務に条件を付けてきた。それは私が身一つである事。何故ならハルカラの疾竜に二人乗りして移動するからだ。速度重視ならその方が都合がよいとの事。
なぜか信用できると感じた私は事情を説明した。するとハルカラらはとても驚く。何故なら彼女らは婚約者のところで雇われているのだという。ここへは東方情勢の視察ついでに冒険者家業に手を出しているのだとか。そろそろ合流の時期なのでハルカラらにとっても都合がよい依頼であったのだ。
これも何かの縁だろうか。
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