幕間-25①
幕間25は四部構成となります
「もうホント勘弁して欲しいのよねぇ。ミレイユもそう思うでしょ?」
ある春の前月の晴れた日の昼食時の事である。
目の前でぐちぐちと野外実習への不満を述べているのは魔術師見習いのメリアである。
同い年でありどこかの伯爵の三女と聞いた。私と彼女の接点は同じ女子寮で生活し食堂などで頻繁に顔を合わせれば会話する程度である。
研究する魔術も私が基本魔術と拡大魔術である。対してメアリは付与魔術であり接点はない。関連学問などで一部被っているくらいだろうか?
賢者の学院は学校というけど順位付けして生徒を競わせる事もなく学費さえ納めていれば自分ペースで学びいつでも辞めてよいのである。
厳しい審査の試験はあるのだけど昇格試験くらいで昇進に興味がなければそれすら無視できる。
私の地位である正魔術師は賢者の学院の職員でもあり学生でもあるという中途半端な立ち位置である。そんなわけで合同の野外実習への参加するという話へとつながる。
正直言えばメリアの気持ちは良くわかる。10人でひと班とし二日から三日かけて徒歩で目的地まで移動し素材の採取を行い盗掘済みの遺跡の奥まで潜り戻ってくる。一週間ほどの工程だ。警護に冒険者一党も同伴するので危険は少ない。
ここで一つ壁になるのがお手洗い事情や食事や寝床事情である。私も最初のころは耐えられなくてダメだった。それでも元婚約者が発表した携帯トイレのおかげで難易度は下がった。私はと言えばここにきて否応なしに兄弟子らに連行され流石に慣れてしまった。
メリアが考えているより周りは気に留めていないのだけど羞恥心が過剰に意識させてしまうのだ。
昼食が終わりメリアと別れて教室へと向かう。そこでフリューゲル高導師からこんな事を言われた。
「実は友人の頼みで中原の十字路都市テントスまで指導に出張せねばならん。門下生も連れていくがミレイユはどうするかね?」
十字路都市テントスと言えば元婚約者の一党の拠点だったと以前届いた手紙に書いてあったはずだ。
「私はここで学業に専念します」
私は暫く迷っていたが断った。まだここで何も成していない。ただの自己満足だとしても胸を張って戻るだけの成果が欲しい。
勿論単なる正魔術師程度では婚約者の役には立てないと思ったからだ。
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フリューゲル高導師と門下生たちが旅立ち気が付けば春の中月になった。元婚約者から連絡が途絶えてひと月以上が経過していた。和花さんからも来ない。
この学術都市サンサーラは外の情勢が伝わりにくい。学業に専念させるために意図的に外の情報が遮断されているせいでもある。
「――ねぇ、聞いてるの?」
そう言ってメリアが私の顔を覗き込む。
「ご、ごめんなさい。考え事していて……」
誤魔化しても仕方ないので素直に謝った。すると「仕方ないな」と言うと再び話し始めた。内容を要約すると合同親睦会に出席してとの事であった。
合同親睦会?
これって所謂男女の出会いの席って事よね?
良い男が揃っているけど女子の数が足りないとの事であちこちに声をかけているとの事だ。会費はいらないので是非とも来て欲しいと懇願された。
どうしたものか?
正直言えばメリットは感じない。ここは学業を修める場所であり男女の出会いの場ではない。それに私は故あって経歴を詐称している身である。ここで本名である花園美優としての名と姿を晒すわけにはいかない。お酒が入り正体をなくすような事態になればどうなるかわからないのだ。
「ごめんね。興味がないから」
かつて私を夜な夜な物理的に嘗め回した枢機卿のせいか今でも知らない男性、いや私を女として見てくる男性は苦手だ。
「そこを何とか!」
何か裏でもあるのかと勘繰りたくなるくらい必死に懇願してくる。
「今回は新人も来るんだよ。この通り」
そう言ってさらに圧をかけてくる。新人、要するに新入生の事だ。もしかしたら外の情勢を聞けるかもしれない。私の気が少し揺らいだ。
結局のところ私はメアリに押し切られ出席する事となった。
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一次会が終了し私たちはほんのりと酔って火照った身体を外気で冷ましつつ夜道を歩く。一次会は男女比が6対4と男性側が多く目をぎらぎらとさせていた中で一人だけ興味なさげに飲食を楽しむ寡黙な男性が居た。今期からの授業などで偶に見かける二十歳ほどの正魔術師だ。私塾で魔術を学んだものの商家の四男坊で家業の手伝いをするための更なる知識を学ぶために来たと自己紹介で述べていた。
一次会が終わりしなに偶然目が合った私たちは何か通ずるものがあったのかこっそり抜け出してきたのだ。口数は少ないけどつい最近まで外界を見てきた人物であり私を女として見ていない事に興味を覚えたから、だろうか?
学生寮へと向かう道すがら互いに合同親睦会に出ないタイプなのに何故という問いから会話が始まり外の情勢が知りたいからと答えると、「では」と私の手を取り連れ込まれたのが今いる富裕層向けの会員制飲食店の個室である。
注文した軽食と飲み物が届き給仕が下がり扉がパタンと閉まると彼、ルイス・クランドは開口一番こう切り出してきた。
「ここには誰も来ませんし、良ければ本当の姿を見せてもらえませんか?」
ドキっとした。確かに私は【変装】の効果がある魔法の工芸品で姿を偽っている。これまではバレなかった。思わず警戒して身体が固くなる。
「な、何のことでしょう?」
気が動転してドもってしまった。あからさまに怪しい。心臓の鼓動が彼に聞かれるのではと思うくらい煩い。
「かつて君の本当の姿を拝んだ事があるし肉声も聞いたことがある。どこでお目にかかったか場所まで言った方がいいかい?」
「どこかしら?」
取り合えずそう返すのがやっとだ。そんな私をルイスはさらに追い詰めてくる。
「聖都ルーラでの式典だよ」
これはダメだなと思ってしまった。
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