390話 惨劇③
アリスに先導され倉庫の奥へと進む。アルマと瑞穂が寝かされていた。
だが、何かがおかしい。
「気が付いた?」
アリスがそう問うが僕には何がおかしいかは判らない。しかし和花は判ったようだ。
「生気はある。でもなんというか感情の揺らぎのようなものが感じられない?」
和花の回答が僕にいまいちピンと来なかったのだがアリスは正解だと言わんばかりに頷く。
「ふたりとも自主的に動くことはないわ。判りやすく言えば精神が死んでいるの」
「樹くん。精神魔術の高位魔術に【精神破壊】ってあったでしょ。あれと同じ状態という事ね」
和花に言われてどんな魔術だっけと記憶の引き出しを開けていく。
【精神破壊】とは文字通り生物の精神を破壊、死に至らしめる魔術で自分で考えて動くことはない。ただし命令すれば命令通りの行動はする。
「なんでこうなった?」
常に自制しろと言われ続け可能な限り感情的に見境なく動くまいと心がけて来たけど、この激情に全てを委ねてしまいたいという思いが――――。
『破壊せよ――――ただ破壊せよ――――』
唐突に脳に直接声が聞こえた。誰かは知らない。ただ激情に任せて全てを破壊しろと宣う。
そうか気に食わないモノを壊せばいいのか。
我慢する必要はないのか。
正直言えば白き王関連は北方や東方へと行かなければ自分たちには関係ないと考えていた。せいぜいテレビで戦争のニュースを見てコメンテーターの戯言を聞いていて可哀想にと感じるだけの感覚だった。それに同郷人であり元は親友だと思っていた人物だ。たとえ裏で自分を嘲笑っていたとしてもだ。
「瑞穂ちゃんは今でこそ奇麗になっているけど、少し前まではとても見せられた状態じゃなかったの……。私たちが今ここで生きているのは彼女たちのおかげなの」
そう言ってアリスは彼女の戦いを語った。
何度殺しても甦る化け物を斬って斬って、自身も傷つき両腕が折られ、治療中のアルマを庇って串刺しになりさらに抵抗して両足を折られ、地に這ってでも戦い白き王に恐怖を植え付けたと言う。
「だから、よくやったって褒めてあげて」
アリスのその言いようでふと疑問が擡げた。なんで『君だけ無事なの?』と。
頭を振る。
どうせ健司あたりが伝言役としてアリスに【姿隠し】で隠れているように言ったのだろう。彼女は適役だからだ。健司は脳筋のわりにそういうところに気が回る。
僕は[魔法の鞄]から一振りの小剣を取り出す。持ち主が決まっていなかった[魔法の武器]だ。
それを瑞穂の右手に持たせる。[透過の刃]と呼ばれる[魔法の武器]である。
「これがあれば……違う展開もあったのかな。御免な。そしてありがとう」
そう言って頬を撫でる。思えばこんな小柄な身体でよくついてこれたと思わずにいられないし彼女の献身をいい様に使い倒したと言えなくもない。恐らく彼女の代わりは見つからないだろう。いや、そうじゃない!
僕は彼女の献身に応えられなかったわけだけど、どうすればいい?
その時、一瞬だが小剣を握りしめたように見えた。
しかし、何度か見直したが変化はなかった。
『狩れ――――ただ何も考えず感情の赴くままに――――それが――――』
先ほどから頭に響く声は何だろう?
ただ、そうしなければという気になる。
「それで白き王はどういったことで撤退したの?」
停滞していた空気を吹き飛ばすように和花が話を進めるように問う。
アリスの回答は休暇に飽きた船員らが駆けつけてきて機械式重弩を手にとって応戦してくれたのだという。
ただそれで撤退したというわけではない。船員らは衝撃波で打倒されたが彼らが稼いだ僅かな時間でアルマが法の神に祈りを捧げ【神格降臨】を以って白き王をここから退場させたのだという。
「それだと……」
和花が何か言おうとして口ごもる。何を言わんとしたか理解できた。魂が砕けたのならアルマ死亡している筈である。だが生きてはいる。万に一つの可能性で回復するのかもしれないし、時間の経過で回復するかもしれない。
神殿に何を言われるかも面倒だが、それより僕は彼女にどう報いるべきか……。
暫く沈黙が続く。
どれ位たっただろうか。外部から叫び声が上がった。
衛兵隊の誰かだろう。こう言った。『白き王が舞い戻った!』と。
僕は思わずほくそ笑む。
「い、樹くん……」
和花が心配そうに表情を窺うが無視する。そして[魔法の鞄]から愛刀を取りし佩く。
アリスが語った白き王との戦いで分かったことがある。あいつは何らかの呪いで残機アリの状態なのだ。ならその残機をゼロにするまでだ。
どうせあいつの一撃を貰えば致命傷だろう。防具はいらない。和花が[世界樹の長杖]を取り出すのが見えた。
「悪いけど今度こそ同伴は断るよ。和花には見ていて欲しい」
恐らくだが僕は大きな魔術はもう使えない。最初は致命的失敗かと思ったけど、いや違う。思おうとしたけど恐らく導管が限界なのではないかと思う。
こんなポンコツがどこまで出来るかはわからないけど、代償アリとは言え強大な魔術の使える和花には控えていてもらいたい。
僕がしくじったときは頼むよ。君が僕を立てて自身の魔術の能力を過少に申告してるのは知ってるよ。
雰囲気に吞まれたのか和花が押し黙る。そんな和花に手を伸ばし手入れを欠かさない髪に触れ指を絡める。
「行ってくる」
「うん」
踵を返し外へと向かう際に一瞬だけ視線が交錯する。
ブックマーク、評価、感想、誤字報告などありがとうございます。
これを読んでる頃はおそらく社畜モードに突入してるかと思います。次話は幕間-20を挟んで391話となります。
多少書き溜めてますが再開は9/18あたりになるかと思います。
それまで残件が片付けば……。




