386話 廃墟の中⑤
「この下賤な盗人どもめ!」
そう下位古代語を操る存在はずぶ濡れの長衣を纏った骸骨であった。
死体に怨念が残り動いている存在である怨霊に分類される亡霊だ。見た目だけだと屍人や骸骨に見えるから困る。
ここの主であることを考えると僕らよりはるかに強い魔術師だ。困ったことが本体は霊体であるので肉体を破壊しても消滅させられないことだ。
肉体を失えば代わりの肉体に憑依するか死霊か地縛霊となりさらに厄介となる。
今の僕らが唯一倒せる方法は、それは幽体である彼らは魔法を使う際に自らの存在を消耗して魔法を使う。こちらには幽体に痛痒を与える方法がないのでお手上げである。
そうとなれば!
亡霊が指の嵌った右手を掲げる。魔術を使う気だ。
動いたのはほぼ同時であった。
集束していく万能素子が魔力へと転じていく。僕は和花を荷物を抱えるかのように左脇に抱て室外へと脱兎の如く逃げ出した。その際に悲鳴が上がったが無視である。
それと同時に僕らのいたところに水柱が上がる。恐らく【魔力撃】だ。
「あいつを取り押さえて!」
僅かに遅れて和花の命令語で待機していた【骨の従者】が動き出し亡霊へと向かう。
「邪魔だ!」
再び【魔力撃】を放って【骨の従者】を粉砕する。だがそのわずかな時間で僕は姿勢を立て直し通路奥の大きな姿見鏡へと突っ込む。
大きな姿見鏡は割れることなく僕らを飲み込んだ。
「ここは?」
脇に抱えたままの和花が周囲に目を向ける。僕はといえば周囲の状況を確認する前にほぼ反射的に光剣の握りを大きな姿見鏡に叩きつける。それによって鏡面に大きく罅が入る。
「ふぅ……」
これで亡霊が追ってくることはない。この大きな姿見鏡は[転移門の鏡]という太古の秘宝であり、対なる大きな姿見鏡との間を自由に行き来できるものだ。
僕らが使う[転移門の絨毯]と同じものである。
さて、周囲を確認しよう。
何処かは判別できないが壁も天井もない斬新なデザインの部屋のようだ。
そうじゃない。
破壊された混凝土製の家屋のようである。周囲は鬱蒼と生い茂った木々のみで他に人工物は見つからない。
破壊された時期はそれほど前ではないと推測される。理由は構造物の欠片だ。長い事放置されていたものではない。
「一体どこなんだろうね?」
「うん。これが夜なら星の配置である程度場所の特定もできるのにね」
星の運行に関しては魔術師の学問としては基本なので僕らも一応習っている。ただ僕より和花の方が優秀だ。
【幻影地図】を使いたいところなのだけど、和花の呪的資源では使用できない。いま出来そうなことといえば……。
「そろそろ下ろして欲しいんだけど……」
僕の思考は和花のやや不満気味の声で打ち破られた。
「ごめん。ごめん」
軽く詫びつつ地に下ろす。相変わらず体重が軽いなぁ。健司などと同じで修業も兼ねて日常的に魔戦技で軽めに肉体を強化してるので猶更そう感じる。
「綴る、基本、第一階梯、彩の位、輝き、魔力、筆跡、刻印、発動。【魔術師の署名】」
僕らの取った答えはこれである。
和花の本日最後の呪的資源を用いてこの敷地に魔術的な印を残しておくことである。後日になってこの印を目印に【転移】すれば良いんじゃないかとなったのだ。
「よし。後日思い出したら調査しよう」
「そうね」
そうと決まったら移動しよう。
「待機解除」
僕は発動遅延中の【転移】を発動させる。
瞬時に場所は変わる。
十字路都市テントスの共同体事務所の三階である。
さて、僕は一旦アレをハーンのところに持っていかなければ。
「僕はハーンのところに行くけど、和花はどうする?」
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