385話 廃墟の中④
扉を押し開くと同時に真っ暗であった部屋に明かりが灯る。そこは予想通りの場所であった。所長の研究室兼私室である。
部屋の大きさは15スクーナほどあり左右の壁一面が本棚となっている。部屋の中央に応接セットが鎮座する。その奥には所長の大きなデスクがあり、奥の壁には私室へ繋がるであろう扉が存在する。
肝心のお宝である書物はといえば多くが衝撃で床に散らばっている。すでに浸水が始まっており急いで回収しないと貴重な資料がダメになってしまう。
「急ごう」
そう声をかけ散乱した本から拾い上げた端から[魔法の鞄]に放り込んでいく。
二人して黙々と四半刻かけて本棚も含めて千冊以上の書物を回収した。浸水は既に足首まで進んでいる。残りは所長のデスクの引き出しと奥の私室くらいだ。
念のため罠を調べておきたいが時間が惜しい。ここは和花に頑張ってもらおう。
「悪いんだけど【骨の従者】を出してもらっていい? 引き出しを開けて行ってもらいたんだ」
魔術の使い過ぎで精神的疲労も著しいだろうけどお願いする。
無言で頷くと[魔法の鞄]から【魔化】された骨を取り出すと床に放る。
「綴る、付与、第二階梯、付の位、触媒、従僕、骸骨、発動、【骨の従者】」
和花の詠唱が完了すると人骨は質量保存の法則を無視して足りない部品を作り出しつつ程なくして人型の骸骨となり直立不動となり待機状態となる。
そして下位古代語で命じる。
「そこの引き出しを全部開けなさい」
骨の従者は命令に忠実に所長のデスクの五つの引き出しを開けていく。最後の引き出しを開けた際に隠し弩が仕掛けられており太矢が骸骨の身体を素通りしていった。
うっかり開けていたら串刺しであったなと思いつつ和花にお願いし【骨の従者】で奥の扉を開けておいて貰うようにお願いしておく。
さて、中身を拝見しますか。
結果から言えば罠のあった引き出しに置いてあった豪奢な装飾の施されたふたつの宝石箱であった。ただし困ったことに双方ともに鍵がかかっている。
「あとで開けよう」
「うん」
互いに頷いて奥の扉へと移動する。
奥の片開き扉は【骨の従者】が開いた状態である。
ここも水没が始まっており扉の先は1.5サートほど伸びており右へと曲がっている。曲がり角のところに引き扉が一つある。残りの部屋は曲がった先かな?
「通路に沿って進みなさい」
和花の命令で待機していた【骨の従者】が歩き出す。通路に沿って右に曲がり程なくしてピチャピチャといった感じの足音が止まる。
「問題なさそう?」
「たぶん?」
「行こう」
僕は左手を差し出す。和花は手を取るのを確認して奥へと進んでいく。
曲がり角の引き扉は恐らくだが――――。
「トイレだったね」
生活空間なので罠はないと踏んで思い切って開けてみたのだ。サバイバル系のゲームとかならなにかありそうだけど無視する。
右を向くと左右に片開き扉がひとつづつと1サート先の通路の奥は大きな姿見鏡が壁に据え付けられている。【骨の従者】は大きな姿見鏡の手前で待機している。
「奥の大きな姿見鏡はアレなのは確定として左右は何だと思う?」
後ろを振り返り和花に問う。すると少し考えたから、
「左側がお風呂で右側が主寝室じゃない?」
「なら主寝室だけ覗こう」
和花は頷き下位古代語で命令を下す。
「右側の扉を開けなさい」
【骨の従者】は与えられた命令通り右側の扉を開くとそこで待機する。
「簡易魔像って微妙にこちらのニュアンスを拾ってくれる半面、結構融通効かないよねぇ」
そう言った後で和花が「面倒だよね」と付け加える。僕は同意しつつ主寝室と思しき部屋を覗きこむ。すでに浸水は膝下まで進んでいる。
主寝室は薄暗く部屋の手前にキングサイズの寝台と読書テーブルと読書灯くらいだろうか?
引き扉が奥に見える。あれは収納空間だろう。しかし部屋の主が見当たらない。てっきり寝台で白骨死体かと思ったのだが……。
「見てみましょう」
和花が躊躇いもなく収納空間の扉を開く。内部はこれでもかというほどの女性用の衣装であった。女性用の衣装は流行り廃りが早くここのデザインのものはおそらく見向きもされない。
その中で一点のみ目を引くものがあった。
「時間もないしコレだけ持って帰りましょう」
そう言うと[魔法の鞄]に放り込んだ。
バシャバシャと歩き部屋を出る時だ。突然水中から何かが起き上がったのだ。
「この下賤な盗人どもめ!」
そう下位古代語を操る存在はずぶ濡れの長衣を纏った骸骨であった。
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