384話 廃墟の中③
さて、困った。
恐らくだが不可視の追跡者と呼ばれる魔法生物で間違いないと思う。やや大柄の人型の空気の塊で攻撃手段は腕状の空気の塊を振り回すだけだ。殺戮衝動だけで動く存在で大した知能はない。ただ身体能力は人間以上であり油断していい相手ではない。
和花はといえば事態が呑み込めていないようだ。落ち込んでいるせいか頭が回っていない。彼女の手を振りほどくのはちょっと可哀想かなとも思うのでこのまま何とかしよう。
そう思っている矢先に左肩に一撃貰ってしまう。幸いなことに肩当てに阻まれ痛みはかなり軽減された。ただ、いまので相手の位置はある程度特定できた。
恐らくだが両手でただ殴りつけているだけだ。最初の一撃が左腕、今の攻撃が右腕だ。骨格が存在しないとはいえ間合いは掴んだ。多少人間離れした動きだとしてもそれなら対処は出来る。
右手の光剣を巧みに動かし【刀撥】の技にて攻撃を往なす。二合、三合、四合と兎に角往なす。
不可視の追跡者の攻撃が10合を超えたあたりで完全に攻撃のリズムをつかんだ。早いが非常に単調な動きだ。
時間が惜しいのでさっさと仕留める事にする。光剣の出力を最大にまで上げる。普段は対人戦を考慮して出力を最小限に絞っているのだ。
次の攻撃のタイミングを見計らって【刀撥】で打撃を往なしそのまま手首を返し光剣で七連撃を浴びせる。[飃雷剣術]初伝【刀撥飃撃】である。
光剣を構えつつ暫く待つが反撃は来ない。倒したのだろう。光剣の刃を消し腰に戻す。
ちょっと自分の成長を実感して感動していた。というのも[飃雷剣術]の初伝【飃撃】という技は連撃なのだけど技量次第で連撃の数が違うのだ。七連撃は過去最高の手数である。
未だに僕の左手をぎゅっと握りしめている和花であるが、瓦礫が命中したときの僕の負傷具合ってそんなにショッキングだったのだろうか?
くそ不味い鎮静の水薬を飲んでまで【致命癒】を使ったという事は手持ちの重傷回復薬では癒せない負傷だったという事だろ。そう考えると結構グロ映像だったんだろうなぁ。
「和花」
そう言うと彼女を引き寄せる。抱きしめ背に回した手をゆっくり撫でながら何度も何度も「大丈夫だよ」と囁く。
和花は勘違いしている。
結社の非人道的行為は以前目撃したではないか。捕まった幹部を消すためだけに街中に流星を落として周囲を灰燼と化す様な奴らである。
なぜそこを警戒しなかったのか。警戒していれば事前に[鎮静の水薬]を飲むなり発動遅延の【転移】を用意していた筈だ。
ま、そういうわけで過ぎてしまったことを後悔したり責めたりしてても仕方ない。次に生かせばいいのさ。
「……ありがと」
程なくして表面上は落ち着いたのか和花がそう呟いた。
「無理してない? まだ時間的猶予はあるしもう少しこのままいる?」
その問いに和花は無言で頭を振る。
「見て。浸水が……」
周囲を見回すと壁の亀裂やら扉の下から徐々に水が流れてきている。「行こう」と和花の手を引く。
「呪的資源は?」
奥の部屋を調べるにあたり歩きながら確認する。
「大きいの魔術はもう無理。低級の魔術が二つか三つかな?」
僕は発動遅延の待機でもう魔術は使えない。状況次第ではこのまま帰還かな?
そんなことを考えていると通路奥の両開き扉の前に到着してしまった。
瑞穂ほどではないけど斥候として最低限の訓練はした。
入念に扉を調べる。
僕の勘としては罠はないと訴えかけている。ただ――――。
「鍵はかけておくよねぇ……」
見た感じは鍵がかかっていない。しかし扉は開く気配がない。所謂シーブスツールで開けられない類のものだ。魔術で施錠しているのだろう。
「ごめん。いい?」
「うん。判った」
そう返事をした和花は[魔法の鞄]から[世界樹の長杖]を取り出す。本気モードだ。
僕は扉の前から離れ和花に譲る。
扉の前に立ち瞳を閉じ意識を集中させ杖を構え詠唱に入る。
「綴る、付与、第一階梯、技の位、開放、解錠、発動。【開錠】」
詠唱の完了とともに錠前に触れる。
だが何の反応もない。物理的な鍵はかかっていないからだ。
和花は恐る恐るとドアノブを握ると扉を開く。
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