368話 上陸①
「それじゃ念のため全速力で飛行するけど、周囲への警戒は怠らないでね」
「うん」
僕の忠告に和花も気を引き締める。返事を確認し浮くことに意識を回すと重力のくびきから解き放たれてふわりと身体が浮き上がっていく。
高さ5サートほどまで上昇し一旦停止し和花に左手を差し出す。ごく自然な所作で右手が添えられる。彼女の手を握りしめ、
「いくよ」と声をかけそこから一気に加速する。
【飛行】の速度は直進なら時速換算で65ノードほどだ。あっという間に正体不明の集落の上空を通過する。
素早く見渡すと20戸ほどの切妻造り屋根とした茅葺きの家屋が点在している。個人で賄える程度の畑、凡そ50スクーナがある程度で領主などの館は見当たらない。厳つい男性が数人ほど農作業しているが腰には剣を佩いている。集落を囲む木柵は獣除け程度のもので魔獣の狩猟場の側とは思えない。何か秘密があるのだろうか?
そのまま周囲を観察しつつ山を越えると広大な平野と【幻影地図】とはかなり差異のある湖が見える。
湖の大きさは琵琶湖ふたつ分くらいだろうか? この世界基準だと普通のサイズだ。目的地としていた島も形状こそ南北に長いが大きさとしては野球場10個くらい、凡そ2万スクーナほどだ。かなりスケールダウンしたのでちょっとがっかりである。
そのまま島まで飛行し特に襲撃を受けることなく到着した。
「意外と危険は少ない?」
それが和花の感想であったが、僕が見た限りでは小型から大型の獣型魔獣や幻獣、巨大昆虫や遠目であったが蛇竜や飛竜も居た。そして厄介なのは知能が低く凶暴な山岳半人半鳥の巣があったことだ。
こいつら繁殖に人族の男を攫ってきて用が済んだら食い殺すんだよねぇ。しかも知能が低いせいか交渉が成立しない。数も多いし実に厄介だ。
仮拠点を構築するなら防空対策を考えないとね。
水生の生物は流石に分からなかったが水面近くを泳ぐ長細い大型生物がいた。恐らくは大海竜の亜種である大湖竜だろう。他にも細長い生き物はいるが水面すれすれを泳ぐことはない。
個人的には裸婦多頭蛇が居ると怖いんだが今回は見かけなかった。
「思ったより小さい島だけど仮拠点としては十分かな?」
「そうね。それに明らかに人の手が加わっているから工事も楽そう?」
上空から見た感じだと港があり島の周囲は一か所を除けば護岸工事がなされており劣化が見られない。混凝土の防壁もあり意外と守りは堅そうだ。西側に砂浜がありそこから上陸されそうだけど。
テーブル台地は南側にあり大きさは7.5サートほどで面積は2千スクーナと野球場ひとつくらいだ。木々に覆われておりどういうわけか北側に滝が存在する。構造的に変なので恐らくだがどこかに水の精霊界と繋がった魔法の工芸品である[水精霊の宝珠]があるのだろう。
島の残りの敷地の内訳は湖沼とも池とも言いがたい水たまりが2千スクーナ、4千スクーナほどの林があり残りはきれいに整地されている。
「放置されていたにしては整いすぎているような?」
「それはたぶんあそこで擱座している作業用の多脚戦車なんかが整備していたんじゃないかな?」
万能素子転換炉の出力と術式の関係で魔導騎士や多脚戦車などは経年劣化を防ぐ術式が組み込めないので定期的に整備しないと壊れる。
「とりあえず見て回ろうか」
「そうね」
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どうでもいいことだけど実は樹くんと和花はまだ手を繋ぎっぱなし。




