367話 待ち伏せ?
【転移】の発動を感じた瞬間、光景が切り替わる。
「お、成功した」
正面に魔獣の狩猟場を囲む山々が見える。そして――――。
やっぱり来ていたか……。姿は見えないが殺しきれない微かな気配と、ほんのりと風に漂う甘い香りが見えない人物の正体を僕に告げていた。
魔術師としての力量は彼女のほうが上なので同じことを考えるだろうとは思った。
務めて平静に「待った?」と問うと、
「そうね。四半刻くらいかしら」
と答えが返ってきて姿を現したのは和花である。
「危ないから来るなって言わなかったっけ?」
「聞いたわね。でも、私が大人しく待っていると思っていなかったでしょ?」
僕の問いに胸を張って答える。
ま、和花の性格なら大人しく帰りを待つなんてありえないだろうとは思ってたよ。そういうところも好きなんだが同時に傷つく姿は見たくないんだよねぇ。単なる僕の利己主義なんだけども。
これからあれこれ問答しても時間も勿体ない。和花の行動を予想して事前に用意してあったモノを[魔法の鞄]から取り出す。
「仕方ないなぁ……。その代わり安全対策にコレを身に着けておいて」
そう言って先日作成した腕輪型の魔法の工芸品である[力場の腕輪]を差し出す。
和花が無言で腕を差し出してきた。着けてくれということらしい。僕はその飾り気のない真鍮製の腕輪を着けてあげつつ効果を説明していく。
「――、不意打ちさえ避けられれば余ほどのことがない限り身を守ってくれるよ」
「余ほどの事ってどれくらいなの?」
和花の質問は微妙に答えにくい内容だ。ゲームじゃあるまいしコレだという数値的な指標がないんだよねぇ。
あ、そういえば文献でこういう表現があったな。
「受け身を取れない状態で2.5サートの高さから突き落とされても無傷なくらいには安全だよ」
「また、随分と判り難い表現を……」
なんとも微妙な表情でそう返すのであった。
何かを思い出したかのように和花が「そうだ」と話を振ってきた。
「あそこにある村ってどう思う?」
和花が指さす方を見ると山の麓に確かに集落が存在する。距離にして0.5サーグほどだろうか?
「普通に考えると野盗の拠点だけど、もしかすると税金逃れで逃げ出した者たちの集落かな? どちらにしてもトラブルの臭いしかしないなぁ」
「普通に廃村という可能性は?」
僕の回答に和花が疑問を投げかけてきた。
「そこを見て。微かだけど人と思しきものが見えるでしょ?」
和花が目を凝らして唸っている。どうやら彼女の視力だと認識できないようだ。
「なら確認しに行く? み――――」
そう言いかけて気が付いた。そういえば瑞穂居ないじゃん! いつも右隣に控えているから習慣で……。
「おやおや~瑞穂ちゃんは置いてきましたよ~」
そう言って和花はニヤニヤと薄笑いを浮かべ何か言いたげである。残念ながら返す言葉がなかった。瑞穂の能力に頼り切っているなと反省する。
「【飛行】で村の上空を通過しよう。どうせ狩猟場までは低空飛行していくつもりだったし」
「はいはい」
そう返事を返すと和花は【飛行】の詠唱に入る。
「「綴る、八大、第五階梯、動の位、重力、解放、疾駆、発動。【飛行】」」
「それじゃ念のため全速力で飛行するけど、周囲への警戒は怠らないでね」
「うん」
僕の忠告に和花も気を引き締める。返事を確認し浮くことに意識を回すと重力のくびきから解き放たれてふわりと身体が浮き上がっていく。
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