36話 駅舎街
2018-12-26 サブタイ変更
「あ、あの…………ヴァルザスさん。お話があります」
朝食を終え片づけを行っている最中の事だった。
瑞穂が意を決して師匠に話しかけたのである。
「やはり帰りたくなったかい?」
「いえ、残りたいです!」
口数少なく大人しい瑞穂が珍しく大きな声でそう答えた。
「ここは日本帝国とはかなり違うことは分かるね?」
腰を屈め目線を合わせて師匠にしては珍しく優し気な口調でそう問う。それに対して瑞穂は無言で頷く。
「では君はどうやってこの世界で生きていく? この世界が優しくないことは身を以って知ったことだろう。子供だからと優遇される事もない。身内の縁に縋って樹に寄生して生きていくのかい? もちろん彼は嫌とは言わないだろう」
そう言って師匠は僕を見る。
僕は無言で頷く。
僕個人としては面倒を見ても構わないとは思っているんだけど…………。
だが瑞穂は首を振り否定する。
「だから…………私に分からない事だらけだけど、出来る事をやります」
そう答えた瑞穂の瞳には何か強い意志が感じられた。
「樹」
師匠は逡巡したのちに僕を呼びつけてこう言った。
「二か月猶予をやるから何とかしてやれ」
呼ばれたから何かと思えば丸投げされた。まーそんな気はしてたけど…………。
「なら、せめて適性を調べてもらって、昼間はそれを伸ばしてやってもらえませんか? 僕らはその間に迷宮で稼ぎます。夜は公用交易語の勉強を僕らと一緒に行います。協力してもらえませんか?」
師匠にそう提案した。実際のところ僕らじゃ瑞穂に冒険者として何かを教えるなんてちょっと無理なんだよね。だからといってコネ社会のこの世界で他の生き方を選ばせてはあげられないしなー。
「俺はとしては戦力でも荷物持ちでも歓迎だ。足さえ引っ張らなければな」
「俺も健司に同意だ」
「私は男所帯に女の子が入ってくれるのはありがたいかなー」
健司、隼人、和花とそれぞれの意見が出る。一応受け入れることには賛成してくれるようだ。
概ね好意的な意見が出たところで師匠が追い打ちをかける。
「それじゃ、あと17.5サーグほど先に魔導列車の駅舎街がある。そこで全休するから、音を上げずに付いて来なさい。無理ならこれまでの話はナシだ」
師匠はそう瑞穂に宣言すると「行くぞ」と僕らに出発を促す。
ここでいう全休は到着した翌日はゆっくりお休みするぞと言うことだ。
歩きながら師匠のガイドというか授業が始まる。日本帝国語での解説なので瑞穂にも理解させようという意図があるのだと思う。
現在地をルカタン半島と呼ぶのだが、この半島全体が中原の大国ウィンダリア王国の重鎮であり商人組合の大幹部でもあるレンネンブルグ侯爵領でもある。ここで生産される穀物などの食料品などは迷宮都市ザルツとウィンダリア本国で消費されていて余剰分を輸出するというスタイルである。
塩も南端に広大な塩田があったり、古代帝国時代に気象改造によって温暖な南部は香辛料なども多種多様に採取できるそうだ。砂糖も豊富で南部で砂糖黍、北部で甜菜が採れるしで、迷宮都市ザルツに住み着いた冒険者が他所へ行くのを嫌がる傾向にあるのは、この迷宮都市ザルツが少々高いが旨い食事にありつける場所だからだとも言われているそうだ。
半島北は昨日通過した長大な市壁で塞がれており、東西は南端まで絶壁が続く。土地は起伏がほとんどなく面積は伊国と同じ程度だとの事だ。本来の侯爵にしては広大なのだが、建国当初からの忠臣である事と商人組合の大幹部という肩書のおかげで数少ない例外となっている。
「実はお前らにひとつ嘘をついた」
唐突に師匠がそう前置きする。
何かと思ったら…………。
実はそこそこ安全でそこそこ程度の良い生活ができる方法があるのそうだ。
それが契約奴隷という制度だそうだ。
奴隷と聞くと印象が悪いが、このルカタン半島で契約奴隷と言えば農業、林業、漁業などの第一次産業を行う者を指す。5年契約で所定の第一次産業を行うだけである。
生活レベルは衣食住には困らないし食事の質も高い。漁業従事者以外は生命の危険も少ない。
ただ問題もあって、集団作業なので意思疎通が出来ることが条件であった事と、契約中の5年間は土地に縛られており娯楽の類とは縁がなくなることの他に定員がある事、全員が申し込んでも配属はバラバラにされる事、5年間は互いに連絡すら取れないこともあってあえて推奨しなかったそうだ。
そして契約が満了になると慰労金がもらえる。
迷宮都市ザルツで募集してるから迷宮での荒んだ生活に嫌気がさしたら考えてみるのもアリだと思うと締めくくられた。
これ以降は質疑応答が続いていく。
これまでの生活で感じた事、この間の仕事の問題点などを懇切丁寧にアドバイスしてもらう。
話に夢中になっていたのか気が付くと陽が傾いており野営の準備に入る。意外だったのは瑞穂が最後尾ではあったがついてこれた事だ。
到着と同時に座り込んでしまったものの、昨日の今日で筋肉痛に苛まれていたと思うのだが我慢強いって事なのだろうか?
直ぐに和花が瑞穂の足のマッサージを始める。
不味い食事を済ませて僕は真っ先に寝る。今日の見張りは遅番なので起きるのは夜中だ。揉め事回避の為に夜の見張り順はローテーションが基本だという。昨日遅番だった和花たちが今日は早番で一番最初に見張りをすることになる。
三日目は黙々と歩き続けた。
心なしか健司と隼人がソワソワしているような気がするのだが…………。
振り返れば和花と瑞穂が楽しそうに何やら話しつつも一定の歩調でついてきている。
もしかして僕だけハブられているのか?
なんだか自分だけ孤立してるんじゃないのかと悩みつつ三日目は過ぎていく。
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四日目の昼を過ぎる頃にようやく地平線の彼方に建造物が見えてきた。
「残り半刻くらいかな?」
「少し遅れているが、そろそろ疲れも溜まっているだろうしこんなものだろう」
僕の呟きを耳にしたのか師匠がそう答えてくれた。
延々と農作物だけを見続けるのにも飽きてきたところだったので目的地が見えてきたのは助かった。
「師匠。全休が終わったら迷宮都市ザルツまではどーやって移動するんですか?」
流石に徒歩は勘弁してもらいたい。
「駅舎街で相棒たちと合流する事になっている。魔導従士を一騎運び込むんで別途用意した中型平台式魔導騎士輸送騎に乗り込んで移動する。朝に出立してもその日の昼過ぎには迷宮都市ザルツ入りだな」
楽できそうで良かった良かったと思っていると、
「なんだ。お前らが乗りたいというから運び込むっていうのに反応が悪いな。約束しただろ? もっと喜べよ」
師匠にそう言われて思い出した。
そうだ。特訓が終わったらいろいろと教えてもらう約束をしていたんだった。
健司たちが昨日からソワソワしていたのは、もうすぐ触れるからって事なのか…………。
やっぱ年頃の男子としてはロボットの操縦に憧れるよね?
舞い上がったテンションのまま前を歩く健司たちに、
「もうすぐ魔導従士の操縦ができるの楽しみだな」
そう話しかけると二人とも一瞬「え?」って表情になり、
「「マジかー!!」」
見事にハモった。
あれ?
知ってたんじゃないの?
彼らは昨日何を思ってソワソワしていたのだろう?
謎だ。
考え事をしているうちに気が付けば駅舎街に到着していた。
不本意ながら分割した。
今度こそ…………37話で一章は終わり。




