349話 覚醒と伝授の儀②
22.04.23 誤字修正
師匠の重い連撃を必死に受けていたが腕が限界だったようで木刀を取り落としてしまった。そして次の一撃が来ると思った瞬間だ。
世界が止まった。
いや、違う。正確にはコマ送りのような状態であった。ただし僕自身の身体もコマ送りのようである。これは極限状態で脳の思考速度が加速して時間が止まったように感じる【思考増速】の魔術だろうか?
だが、あれは第九階梯の魔術だ。
ではこの現象は何だ?
そういえば以前にも似たようなことがあった気がする。
まさか恩恵?
それは一旦置いておこう。
まずは師匠の斬撃軌道を予測して可能な限り回避する方向に身体を少しずつ動かす。コマ送りのような感覚で逆に焦ってしまいイライラとする。
まずは落ち着け。最悪の場合は無詠唱の【瞬き移動】で緊急回避出来る。
考えを巡らせる。
回避は間に合わない。腕一本犠牲にするのは下策だ。【残身】は姿勢が悪く無理。そうなると無詠唱の【瞬き移動】か【防護圏】の二択となる。
どちらにする?
ここはいままで使ったことがない戦法でいこう。
師匠の木刀を無詠唱で展開した【防護圏】で受け止める。障壁が割れる刹那のタイミングで左手を突き出しつつ無詠唱で【仮初の武器】を発動させる。
左手に魔力で作られた木刀が出現し師匠を貫いた。
――残像を。
【残身】だ!
どっちだ……。
右か!
勘は当たり師匠は僕の右側に移動しており、すでに攻撃動作に入っている。【刀撥】で受け流す。
――が、師匠の斬撃は木刀に触れる寸前に霞を描くように揺らぎ気が付いた時にはわき腹に叩き込まれる。
力の方向に合わせて跳ぶ【空身】にて受けた攻撃の衝撃を逃がす。何度か転がりつつ距離を開け転がった勢いを使って起き上がる。完全にダメージを逃がしきれなかったのでかなりわき腹が痛む。
「今のが[飃雷剣術]中伝【雷刃】だ」
師匠は追撃せず先ほどの技を教えてくれる。[高屋流剣術]にはない技だ。
師匠が木刀を正眼に構え一言。
「[飃雷剣術]秘伝を一度だけ見せる」
僕も【仮初の武器】にて作られた木刀を正眼に構える。馬鹿正直にいきなり秘伝を放つなんてことはないだろう。集中しなければ。
【疾脚】にて師匠が接近してくる。予備動作が見え難く瞬間移動のように一気に距離を詰めてくる。迎撃だ!
師匠の連撃に合わせるようにこちらも打ち付ける。一合、二合……。
また同じパターンに嵌まりそうだ。五合めは【刀撥】で上手く受け流す。わずかに師匠の上体が揺らぐ。これはいける?
僅かな隙を見逃すことなく動作の少ない刺突を繰り出す。師匠は攻撃動作に入っており攻撃に対する選択肢はかなり減ったはずだ。
刺突は空を切る。
師匠が消えた?
【瞬き移動】か!
転移直後はあらゆる動作は解除されているのでここはチャンスだ。振り返るように木刀を薙ぎ払うも空を切り手応えがない。
半瞬後、全方向からほぼ同じタイミングで打撃が襲う。
何が起こったのかさっぱり理解できない。いや、片鱗は見えた。あれは――――。
「[飃雷剣術]秘伝【無幻】――――」
師匠の声を耳に届くが痛みのあまり意識が飛んだ。
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後頭部に柔らかい感触を覚える。
目を開くと僕はメフィリアさんに膝枕をされていた。
「大丈夫そうね。起きれる?」
僕を見つめる彼女は相変わらず美少女過ぎて大変眼福である。礼を述べつつ起き上がると治療済みのようで痛みは全くない。
「正直言って腕を上げたな」
師匠は模擬戦をそう論じた。お世辞を言う人ではないがあまり実感はわかない。
「そうですかね? あまり実感はわきません」
「結果だけ見れば同じように見えるが、俺としてはうっかり手を抜けなくなった」
「そうなんですか?」
「俺は世辞は言わんよ」
「ありがとうございます」
「ところで、最後のアレは見えたか?」
最後のアレ。もちろん[飃雷剣術]秘伝の事だ。
「ぼんやりとは?」
「すべての技を十分に体得したなら自ずと使えるようになるだろう。ま、精進する事だ」
「はい」
「俺らはこれから暫く連絡が取れなくなると思う。その前に秘伝を見せられたのは行幸であったな」
「南大陸の橋頭保を築く続きですか?」
「そっちは共同体に押し付けた。恐らく俺らでなければ解決できな案件だ」
どうやら手伝い無用というかまだ僕らでは師匠の横に立つ資格はないという事だろうか?
先は長いなぁ……とも思うが目標は高いほど燃える。
「そういえば何か用事があったんだろう?」
「ああ、そうでした。茨の園から人を回して欲しいんですよ」
この茨の園とは師匠の共同体である双頭の真龍が運営する孤児院の名称だ。
戦災孤児や口減らしで売られた子供らの中で優秀なものを集めて高度な教育を施す施設である。
あれだ。船員らもそこの出身だ。よーするに船員らの後輩を寄越せって話なのである。
「どのくらい必要だ?」
師匠にそう問われてざっくりと計算する。
「戦闘可能な者で性別問わずで40名ほど。後は女中として教育を受けたものを15名ほど融通してもらえると……」
「結構多いな」と口にすると暫し考えこむ。程なくして「分かった。近日中に準備させる」と言ってもらえた。
「あとは何かあるか?」
「それなら――――」




