340話 迷宮島での交渉②
猊下、もとい会頭から提示された話は太古の貨物船三隻の代価として1億ガルドを10年間支払うという破格のものであった。宗教上踏み倒しなどはないだろうが魔法の契約書を用いても構わないとまで言ってのける。
50万ガルドで大人30人が一年間そこそこの生活ができると考えると金食い虫の装備が多いうちの共同体でも十数年は仕事しなくて済むレベルである。
この世界の硬貨発行数の都合で超大口取引は出来ない。太古の魔導機器によって住民や組織専用の口座払いは可能であるが敢えて分割をしたという事は即金で払うだけの資産がないか支払い終了まで囲い込みを行いたいのか……後者かな?
現在の長距離船便の最新は複層甲板大型帆船である。積載量が360グランほどだ。
一般的な複層甲板大型帆船の建造には三年弱ほどかかり一隻当たりの金額は人件費の安いこの世界でも150万ガルド《白金貨3枚》である。
海洋貿易は怪物や海賊に襲撃されるデメリットもあり一回の航海で損害二割でもかろうじて黒字となるように船団を組む。無傷で到着する事は誰も考えていないのだ。
ところが今回持ち込んだ太古の貨物船は積載量が6000グランで満載時でも外洋で平均8.5ノードはでる。対して複層甲板大型帆船は天候に恵まれていても最高速でも9ノードに満たない。船体の耐久性や最低運用人数など考えれば恐らく数年で元を取ってしまうだろう。
考え込んでいても仕方ない。
「性能的にも数年もあれば元が取れるかと思いますが10年払いの理由を聞いても?」
「船員の育成もあるし、何よりコレが必ずしも本物とは限るまい?」
大店の会頭ともあろう人が随分と安っぽいケチの付け方をしてきたぞ。高位審議官が同席しているのになぁ……。もしかして試されている?
言葉遊びは好きじゃないんだけどなぁ……。
「それに関しては専門家を乗船させて調べれば済む事です。本物であれば五年払いにしていただけるので?」
「若くして銀等級ともなれば安易には釣られんか……」
会頭はボソッと呟くと、
「試したようで悪かった。実は二つほどこちらの条件を飲んでもらいたい。あぁ……難しい話じゃない」
僕の表情が一瞬不快に歪むのを見て取ったのか慌てて訂正してきた。
「それで条件とは?」
こっちとしては他にも欲しい方は居るんですよと返したいところだが正直言うと邪魔だからさっさと処分したいというのが本音だ。ただ処分するにしても高く買ってくれるなら高い買い取ってもらいたいよね。
「ひとつは、商会から一人連絡員を同行させて欲しい」
ここでアルマが一瞬不快な表情をする。この連絡員とやら次第では自分のポジションが脅かされることになるからだ。
この会頭が単なる事務員は寄越すはずがない。考えられる人物としては程ほどの地位の商人か神殿から聖職者という事になるだろう。
いや、待てよ……。密偵の可能性もあるのか。
アルマとしては知識豊富な商人にして聖職者が来られると一番困るはずだ。彼女のポジションは豊富な知識と高位の奇跡の行使の他に審議官としての能力が売りだからだ。
彼女の内心はともかく、ここに法の神神殿から派遣されている名目的にも自分の存在価値は維持しておきたいと思うはずである。
考えていても埒もない。もう一つの条件も聞こう。
「先にもう一つの条件を聞いても?」
「今後、探索に出た際に取得したブツの買取優先権を頂きたい」
よーするにレア物をほどほどの価格で得て他の者に吹っ掛けるつもりって事か……。
少し考えこむ。
どう収めるのが正解だろうか?
まだ、まだいける……。




