331話 いざ登頂へ③
何事もなく更に一日が経過した。僕らの現在位置は島の中央にそびえる山の標高250サートを超えたあたりだ。
艦内は与圧されているので忘れてしまいがちだが、こっちの世界は僕らの居た世界と異なり平地でもやや空気が薄いらしく体感だが富士山の五合目くらいに相当する場所だ。
「寒すぎる……」
見張り台で毛皮の釣り鐘型外套に身を包みこんでいても寒さでブルリと身を震わせる。第五階梯の魔術に【温度管理】と呼ばれるものがあるのだが、あの魔術は制約も多く今は使っていない。
なぜわざわざ与圧され室温制御まで施された居住空間から寒風吹く見張り台に居るのかと言えば第七階梯の魔術の成功が見えたからだ。
上の階梯の魔術を使えるようになる準備段階として脳内の未使用領域に魔術回路を焼付けるする必要がある。これは無詠唱魔術や略式魔術とのトレ-ドオフである。
そして試してみるのは第七階梯でも難易度の低い【空間探索】である。この魔術の効果は音波発信探知のようなもので術者の脳内に音の反射で得られた情報を元に立体地図を作成するものである。効果範囲も広く半径25サートの球形である。
別に室内でも良いじゃないと思わなくもないのだけど、失敗したところを見られるのは恥ずかしいじゃないか。
そんな訳でさっさと詠唱してみよう。
初回なので深呼吸をし詠唱に入る。
「綴る、拡大、第七階梯、探の位、波長、発信、広域、精査、反射、解析、構築、展開、発動。【空間探索】」
導管を万能素子が通り、魔力に転じ魔術回路に従い構成され術式通り魔力が形を成していく。
詠唱の完成と共に知覚が広がる感覚があり程なくして大量の情報が飛び込んでくる。それら意味不明の情報は脳内で処理され再構築し僕の周囲の状況をややぼんやりとだが映し出す。
「なるほど……確かに見えていない箇所も分かるなぁ」
効果を確認し艦内へと戻ろうかと思った時、何か大きなものが飛び立つのが見えた。
それは体長5サートほどある竜の頭部をもつ翼のある蛇といった印象の生物であった。
確かあれは……。
蛇竜だったか?
あれも迷宮産の怪物なのだろう。分類上は偽竜と呼ばれており、討伐すればかなりの実力者であると証明できる。
だが、ザイドリック級の大きさに恐れておりそのまま逃げ出してしまった。
倒せば結構純度の高い万能素子結晶が採れただけに残念ではある。
今度こそ戻ろうと思った時だ。開閉扉が開き和花がひょっこりと顔を出したのだ。
「こんな寒い中で何してるの?」
そんなある種当然の質問を投げかけてきた。
「第七階梯の魔術のとっかかりが掴めたんで試してみたんだよ」
「上手くいった?」
「勿論」
実は結構苦労しただけに思わずドヤってしまった。
「おぉ~おめでと~。なら【転移】が使えるのもすぐかな?」
そんなことはつゆ知らず素直に称賛してくれる。
そう言えば同じくらいの技量だと思ってたんだが和花の方はどうなんだろう?
「ありがとう。ところで和花の方はどうなの?」
礼を言い探りを入れてみるが……。
「もう使えるよ」
「え?」
一瞬だが耳を疑ってしまった。和花が魔術の鍛錬をしている姿を見たことがないのだ。もしかしてチートなの?
「確か一昨日だったか……。唐突に行けると思って試したら上手くいったの」
ニコニコとそんな事を宣う和花にちょっと畏怖を……いや、違うな嫉妬してしまった。
瑞穂にしろ和花にしろ実に羨ましい限りである。だが他人を羨んでも自分の能力が上がるわけはないのだし、僕は僕で自分のペースでやっていくしかない。
限られた手札でやっていくしないのである。気を取り直して何しに来たのか尋ねてみるかな。
「ところで僕の事を探してた?」
「あ、そうそう。ちょっと相談に乗って貰いたかったの」
「分かった。ここは寒すぎるし居住空間に戻ろう」
そう促して居住空間へと戻るのであった。
しかし相談……。
なんだろう?




