327話 未知なる孤島-港湾都市⑦
「健司くん、ダメだよ」
精霊使いらしく俺の感情の高ぶりが視えたのかアリスが注意してくる。
言いたいことは理解している。体格差が違い過ぎて恐らくだが一撃もらえば衝撃で気絶する可能性も十分にある。ただ樹の言葉を借りるなら、相手の骨格などの問題で攻撃の軌道はかなり限定的だから頑張れば避けれる筈なのだが……。
俺が習い始めた武技の[功鱗闘術]は大型の武器を用いた一撃必殺の技だ。あれだけの巨体だと一撃で殺れなければ無防備な硬直後を狙われるとヤバい。短剣のような鉤爪を鎧の表面で滑らせて被害を軽減するって事になりそうだが、僅かにでもズレれば……。
異世界ひゃっほぉぉぉってノリで来たはいいけど、もっとイージーな世界に来たかったぜ。
取りあえずだ。
「二人とも振り向かずに、風の壁の後ろに回り込むように少しずつ下がれ」
後ろにいるふたりへと指示を出す。返事を確認した後に俺もジリジリと後退していく。彼我の距離は10サートほどなので俺らが振り返って走り出すようなことになればすぐに追いつかれるだろう。そしてその無防備な背後から殴り倒されるだろう。
直立していた四手熊は頭を下げると三対六脚となりゆっくりとではあるが近づいてくる。恐らくだが俺らの後ろにある平台型魔導騎士輸送機を警戒しているのだろう。
「逃げ切れるか?」
つい正直な感想が口をついた。
「四手熊はたぶん頭から風壁に突っ込むだろうから一瞬だけ怯む筈だからチャンスはその時かな……」
アリスの回答を聞きどうするか思案する。歩行時の頭の位置がちょうど風壁の位置であり壁に突っ込めば風乙女によって切り刻まれる。迂回してくれるならあの巨体ゆえに小回りが利かないので逃げる時間は確保できるんだが……。
怯んだ瞬間に一撃いれて急速反転離脱だな。
取りあえず後ろの二人に作戦を伝える。大きな手柄が欲しいシュトルムは即答し、アリスは暫し悩んだ末に了解した。四手熊との距離はいつの間にか5サートにまで縮まっていた。
「健司くん。以前集落で襲われたことあったけど――」
「それじゃ、任せたぜ」
アリスの体験談を聞き打って出ることに決めた。三日月斧を肩に担ぐように構え左足を前にしやや腰を落とす。[功鱗闘術]【斬撃】の初期動作だ。
更に魔闘術によって筋力を増強し、【練気斬】の為に体内保有万能素子をかき集め圧縮し三日月斧へと集約させる。
後ろに居たシュトルムが凧型盾を眼前に構えて風壁へと摺り足で近づいていく。それに釣られたのか四手熊が飛び出す。
予定通り風壁の存在には気が付かなかったようで顔を突っ込んだ瞬間、風壁内に漂う風乙女によって切り刻まれる。四手熊の勢いを殺しきれず風壁は消失し顔を刻まれた怒りか立ち上がろうとする。
このタイミングだ!
「キィエーイ!!」
猿叫を発し大きく踏込みと三日月斧を大振りで振り下ろす。
『殺った!』
三日月斧は吸い込まれるように四手熊の頭部へと振り下ろされる。




