326話 未知なる孤島-港湾都市⑥
「総員戦闘準備!」
いち早くそいつの存在に気が付いたダグの声が高らかに草原に響く。
10サートほど先に森があるもののダグが指し示す方を見ても一向に敵性生物の存在が確認取れない。
「何処だよ?」
「草に紛れているがこっちに向かってきている! 近いぞ!」
その言葉に反応したのか草むらから巨大な緑色の戦投輪が飛んできた。慌てて回避をするものの脛当ての表面をガリガリと擦るようにして再び草むらへと消えていく。
「なんだ――」
「滑空蛇よ!」
アリスの注意が飛ぶ。大型の生物の首も落とすほどの一撃との事で軽装備主体の俺らでは危険だ。
「総員、平台型魔導騎士輸送機に退避!」
物資を持っての移動の手間を減らすために平台型魔導騎士輸送機で来ていて正解だった。
装備的に重装備の俺とシュトルム以外では攻撃を喰らえば即死か部位欠損の可能性も高い。
ダグも動きを阻害しないように一部装甲が簡略化されているしアリスにしろ船員らにしろ硬革鎧であり、滑空蛇の切断力からしたら紙装甲もいいところだ。殿は俺とシュトルムで勤め、万が一抜かれた場合はダグに対処してもらう。
とにかく迷彩柄な鱗で草むらに溶け込んでおり不意打ち上等な感じで数度となく鎧を擦っている状態だ。
名工バルドさんの鎧でなければ恐らく今頃は血塗れで倒れていただろう。
一限ほどでなんとか全員を平台型魔導騎士輸送機へと撤退させて分かった事がある。
「健司。どうも一匹ではないようだぞ」
金属鎧が立てる音で相手の出方が分かりにくいのだが、シュトルムが言うには一匹では絶対にありえないタイミングで攻撃を受けたというのだ。
更に分かった事と言えば、恐らくだが俺らを中心に半径2.5サートくらいを隙を伺いつつ周回している筈だというのである。
奴らの性能だが判明したのは滑空距離はせいぜい5サートほど、高さも40サルトほどまでのようだ。数は断定できないが三匹っぽい。そして面倒なのが連帯しているわけではないので動きが読みにくい。
初動の遅い俺の三日月斧では見てから反応して攻撃すると間に合わず、広刃の剣のシュトルムの方は硬すぎる鱗に手を焼いている。ひとつ良かったことがあるとすれば、攻撃間隔が割と遅い事だ。いくら迷彩柄の鱗とは言え素早く動けば位置を特定され得意の不意打ちが出来なくなるためだろう。
このまま諦めてもらうまで粘るかと考えていると――。
「健司くん!」
何事かと振り返れば平台型魔導騎士輸送機に退避していたはずのアリスが駆け寄ってきたのだ。
「ちょっ、何してんの?」
自殺行為過ぎだろうと咎めようするのを制し、「対策があるの」と言ってきたのだ。
「んじゃ、任せる」
内容は聞かずに簡素にそう告げると出来る限り音はたてず、アリスに攻撃がいかないように周囲を警戒する。
「風乙女よ。寄りて寄りて壁となせ! 【|風の精霊壁《バイム・ウォール”シルフ”》】」
詠唱に反応したのかガサッという音と共に草色の戦投輪のような滑空蛇が飛び出してきた。
マズいと思って反応するが間に合わない。
だが滑空蛇がアリスに届く前に目の前に出現した風の壁が滑空蛇を阻む。
効果範囲内で吹き荒れる風に翻弄され、空中でのたうちながら比較的防御力の弱い腹部を風の刃で切り裂かれていく。
戦投輪のように見えていたのは薄っぺらい胴体持ち、勢いよく飛び出し自分の尾を咥えてリング状になると回転しながら滑空してきて身体の側面に生えているノコギリ状の鱗で敵を切りつける為だ。
それが無数の風乙女に翻弄されている。なら残りはと思うと一匹は逃げ出しもう一匹はシュトルムに襲い掛かったものの盾打撃によって風の壁の中へと弾き飛ばされていった。
「取りあえず助かったよ」
やはり術者の存在は大きいなと感じアリスに感謝の意を伝えるのだが様子がおかしい。声音に怯えが混じっているのだ。
アリスが指し示す方に目を向けると森から巨大な熊がのそりと姿を現した。
「なんだ? 遠近感がバグってるのか?」
だが違和感を覚え目を凝らすと明らかにちょっと大きい程度の熊でない事がわかった。六本足なのである。
「あれが、噂に名高い四手熊か……」
この世界で遭遇したら死を覚悟しなければならない存在として名高いのだ。もちろん強さランキング的にはまだ上はいくらでもいるのだが、上位陣は遭遇率が低いのである。そしてこいつは割とどこでも生息している。
数は少ないが冒険者組合に討伐依頼が出る程度には遭遇率が高い。
本来であれば魔導従士あたりを持ち出して狩るのだが……。
理性は撤退を要求している。
だが同時にこうも思った。自分の限界を見極めたい……と。




