314話 未知なる孤島‐裏②
忙しすぎてとうとう週一更新すら無理になってしまった。
見捨てられていない事を祈るばかりである。
「敵襲!」
皇の冗談にイラっとした時であった艦橋上の見張り台に居た索敵員ルワンダさんの叫びが拡声器越しに響き渡る。
急速にイラつきが冷え周囲を見回しても何も見えない。たぶんだけど南に広がる森の上に居るのかな?
艦橋の見張り台から見渡せる距離は推測で4サーグほどかな?
飛行型の敵性生物かな?
「総員、戦闘準備!」
本来は真っ先に指揮する筈の樹くんが不在なので皇が声を張り上げ指示を出す。こいつの声は非常によく通るのよねぇ。
皇の指示で船員や女中ちゃんたちは二人か三人で固まり始めて周囲にある手近な得物を取り始める。日頃の戦闘訓練で複数で組み敵と相対す様に言い含めてある。その際に特定の面子と毎回組むのではなく誰と組んでも同じように対する事が出来るように訓練を心がけているのだ。取りあえず死ななければ私らで回復出来るのだから頑張れ!
でも水着姿に角材とかだと一抹の不安を覚えるわね……。
「来たぞ! 南だ!」
皇の叫びに釣られて一同南に視線を向ける。
うぇ……何あれ。
高い常緑樹の上から姿を見せたのは一瞬縮尺がバグったと錯覚するような大きな大雀蜂かな? その数は50匹ほどだろうか? こんな事なら魔物辞典を熟読しておくんだった。
でも、どうして?
大きさは変わったとしても虫としての習性は変わらない筈。もしかしたら私たちは縄張りに踏み込んでいたの?
「小鳥遊、なんか支援をくれ!」
無手のままの皇が支援魔術を要求してきたのだけど、このなんかが一番厄介なのよねぇ。
『来て』
私がそう念じると自室に置いてあった世界樹の長杖が目の前に現れる。それを握りしめ記憶を漁り、アレにするかと詠唱に入る。
「綴る、創成、第一階梯、創の位、万能素子、圧縮、生成、得物、規模、拡大、短創、発動。【仮初の武器】」
初歩の魔術にしては長めの詠唱が完成し目の前には半透明の刀身がむき出しの大剣が出現していた。
「皇、それを使って」
「助かる」
皇がそう答え奪い取るように大剣を握り閉めると最初の標的へと向かって猛ダッシュしていた。
巨大な大雀蜂の毒針は2.5サルトにも及び、大顎のひと噛みは人族の腕くらい食い千切りそうである。生半可な支援魔術では効果が薄いし、こんな大人数に掛け回るほど呪的資源はない。
回復はアルマとアリスとセシリーと居て医務室にはキーン船医がいるから私の役目は上空に滞空している大雀蜂の撃墜かな?
大雀蜂はサイズが大きくなったことで個々の間隔が広く分散しており、生半可な魔術では数匹巻き込めるか否かと言ったところだろうか?
こんな時に樹くんが居れば最適な魔術を指示してくれるんだけどなぁ……。
よし! あの魔術でいこう。
「綴る、創成、第一階梯、攻の位、光矢、誘導、瞬閃、目標数、五、発動、【魔法の矢】」
詠唱の完成と共に頭上に光り輝く五本の矢が出現しそれぞれの目標へと向けて飛び、四匹が胸部を貫かれ墜落したものの一匹は当たり所が悪く胸部側面を抉りつつも倒しきれず落下する。
止めをさすべく走り出し、杖の先端から魔力の刃を出現させ「えいっ」と気合を入れて突き刺さす。
「さて、周りは……っと」
素早く視線を走らせるとシュトルムが自身も巨大な大雀蜂を斬り捨てつつ船員らに指示を飛ばしているのが見えた。
周りが浮かれている中でしっかり自分の[魔剣ルクード]を持ち込んでるあたり、この世界の騎士らしいとも言える。
他はどうかと視線を移すと、アリスとアルマも女中ちゃんズを良く指揮し奮戦している。以前の環境では人を使いこなす立場だったのだからそれも頷ける。
翻って私は駄目だなぁ……。
権利だけは享受し義務を果たしたくないと異世界に逃げてきたのだから……。
「小鳥遊!」
思考が暗い方へと落ち込んでいこうとしていた時、皇の叫びで今が戦闘中だと思い出す。
それと同時に背後で煩い羽音がしたのだ。
振り向きざまに世界樹の長杖を一閃。先端の魔力の刃が大雀蜂を真っ二つにした。そのまま勢い余って平衝を崩し転んでしまうけど足元は砂地であり特に怪我とかなかったのは幸いである。
私が倒したのが最後の一匹のようで死骸を一か所にまとめているのが見えた。
「危なかったな」
そう言って皇が手を差し伸べてくれたので「ありがとう」と礼を言い彼の手を取り引き起こしてもらう。
「負傷者とかは?」
「歩肢の鉤部分で引掻かれたとか程度の軽傷だったがもう治療済みだ」
私はそれを聞いて安心したのである。彼らはこの仕事が終われば晴れて自由民となり就労の選択の自由が認められるのである。もっとも未経験の職に関しては雇う側がお断りする事が多々あるので難しいようだけど。
「樹くんの件はどうしようか?」
私が質問を投げかけたのは皇ではなく、こちらに向かってきているアリスとアルマの二人である。
「野外活動の専門家である野伏としての訓練を受けた子って殆ど居ないのよね?」
「一応は最低限の教育は受けてるくらいかな?」
奴隷商人が優秀な孤児を育成する教育機関で様々な技術の基礎は習得済みのはず。
「なら、もうちょっと様子を見ましょう。素人同然の子らをゾロゾロと引率するのは反って不安だわ」
転生者にして北方の森で自然崇拝者として育ったアリスに言わせれば素人と大差ないらしい。
「ところで【物品探知】は試したの?」
「あっ……」
アルマの指摘されてすっかり失念していた事を思い出す。あの二人の持ち物で水着以外で何か特徴のあるモノ……。あ、魔法の発動体があったわね。あれの形はよく覚えている。瑞穂ちゃんは肌身離さず身に着けていたはずだ。
「ちょっと試してみるね」
そう断りを入れておいて詠唱を始める。
「綴る、拡大、第四階梯、探の位、物品、方位、知覚、発動、【物品探知】
」
魔術は無事に完成し目当てのブツの方向がなんとなく理解出来た。
「あっちね」
私が指差した方向は線を引いたかのように植生の異なる木々が生い茂るやや黒ずんだ森であった。




